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2008年03月26日

Y.M.君(「Y君」だと分かりづらいと言う内部の人間がいるので)が1名入社確定。例の「社長自宅面接」案件。相当交渉が難航してようやく結末を迎えた。決まった瞬間Y.M.君の目から涙。仕事で前向きな涙を流せる奴(若手)が俺は好きだ。なので今日はメンバーと飲みに行くことにした。

そろそろ決算。デライフも一応12月-3月で1期目の決算になる。確定している売上ベースで行くと2100万強。経常400万弱ってところ。グループ全体での決算賞与がかかってるので来月3営業日まで数字は追う。

デライフの顧客情報管理票を壁に張り出した。経営者直結求人の求人票もオフィス内に張り出す。ハローワーク式。CEOのアイデア。こないだ人材レジュメも紙ファイルにしたけどやっぱりデータで到達できない情報に辿り着くし、アイデアがいろいろ浮かびやすくなる。


顧客情報管理票.jpg
顧客情報管理票

宮崎.jpg
Y.M.君 24才

尾崎さん.jpg
秘書兼管理担当兼リサーチャーのOさん。SFJ社員番号20のベテランです。私の曖昧なイメージをほぼズレ無しで具現化してくれる。

2008年03月24日

デライフ独自の目標管理指標の作成をしている。大枠は以下の通り。

■定量
①採用代行業務請負契約の売上高
②経営者直結求人による売上高
③一般求人による売上高

①は、作業期間満了後に成果報酬として請求するもの。②はデライフのHPにUPする特定の求人案
件。(社長肝いりの若手幹部候補採用案件)③は普通の案件。これはHPにUPしない。


①、②、③のワークバランスを人によって変える。これが①>②>③の順になってくれば、それがデライフの理想の営業マン。もちろん、最初から理想ありきでは考えていない。


■定性
登録推進数、直結求人票獲得数、面談数、面談シート作成数、若手Xファイル獲得数、CF数、
面接数、etc.

定性面は全社マターへの貢献度。総力で充実したHPとDBの構築を目指す。


「20代、登録型、コンチ、600万以下」のドメインでも、SFJのヘッドハンターに求められる要素をデライフのメンバーにも求める。いつでも、自力でリテーナーとってこれる真のヘッドハンターになれる力を付けてもら
いたい。

2008年03月21日

後継者バンクを見てくれた会社経営者より問い合わせがあった。(http://www.d-life.biz/business.htm)
ブログを見た会社経営者からも問い合わせがあった。双方の経営者とも私の価値観に共感してくれたようです。特に告知も何もしてないので驚き。4月には5000通のDMを企業経営者に送付するので反応が今から楽しみ。

我々のビジネスは価値観を共有する人たちと共に在るべき。だから、われわれは自分達の価値観を明確に持って、それを対外的に情報発信する。「人材紹介ビジネスに必要な姿勢は常にニュートラルでいること」という自論を持つ人も多いけど、私にとっての人材紹介ビジネスはバイアスのかかった啓蒙的なスタンスです。


デライフ社員の採用活動を始めた。創業メンバー、経営幹部候補。
来週、詳細をホームページにUPする予定。


元大手広告代理店局長のFさんが2人目入社確定。今回はFさんでなければクローズできなかった。ので90%自力。おめでとうございます!

メンバー.jpg
デライフメンバー

近藤さん.jpg
SFJ内部統制室長の近藤さん。「デライフ」の名づけ親。人材紹介ビジネスのベテランです。7年前に前職で私の1次面接をした人です。

2008年03月19日

言うまでもなく、デライフは創業の最中だ。苦しいに決まってる。楽な創業などあるわけない。

環境が整わない中で結果を出さなければいけないという現実は、想像以上に大変なことだ。でも、この苦しさはあと3ヶ月で終わる。私の算段では、デライフの創業期間は半年間。すなわち今年の6月まで。7月からはあらゆる環境が整い、一気に成長期に入る。但し、6月末までに歯車を回すことができればの話。

私は今2回目の創業を体験している。月並みだけど、創業を乗り越えたときの充実感と優越感は達成したものにしか分からない。そして、創業を成し遂げた者は、自身がビジネスマンとして大きく飛躍していることに気がつく。


デライフは必ず成功させる。SFJが、数年後にグループとして大きく飛躍するために必要なことだと信じている。

2008年03月14日

Y君から夜の9時に電話あり。内定者との打ち合わせ内容の報告。事前の夜7時にクライアント社長からもらった親書を携え、雨の中内定者の待つ駅に行ったそうだ。

この数週間で何度も社長と内定者の間を行き来してたな。感心。内定辞退の色が濃くなってたが、内定者も熱意に打たれ、再度社長に会うことに同意してくれたとのこと。Y君、君は既にヘッドハンターだ。

デライフは「20代限定、成功報酬契約、登録型、年収600万以下」というビジネスだけど、あくまでヘッドハンターの魂を持つ集団。クライアントの経営者の思いを携え有能な若手人材をとことん追いかける。

2008年03月12日

来月、デライフのホームページに求人情報検索のメニューを追加する。デライフの求人情報は基本的に「経営者直結の若手求人」で、分かりやすく言うと社長肝いりの案件。これを来月までに50社、再来月中に100社まで集める。

デライフの求人票は結構盛り沢山だ。基本データ以外にざっとこんな感じ。

・求める人物像
・将来期待される役割
・経営状況、採用背景
・企業理念、経営哲学
・ビジョン(目指す方向性)
・組織文化
・雇用条件(評価・報酬制度)
・組織構造
・経営者略歴
・1次面接官

クライアントの経営者とちゃんとコミュニケーションしてないとヒアリングできない項目ばかり。R社的と言われれば確かにそうだが、客観的に言って今のR社の営業マンにこれを全部ヒアリングする能力はないと思う。デライフは、これを全部営業担当者がヒアリングして書く。そこがミソ。言うなれば、営業担当者が高度な求人広告を制作する、ということ。書く作業だけで2時間くらいかかる人もいる。非効率のように見えるが、決してそんなことはない。数ヵ月後、この作業が必ず効率さに生まれ変わる。この流れを基礎に規模拡大の為のオペレーションを築いていく。メンバーにかなりの負担を強いることになるけど、そこは踏ん張って欲しい。

がめつく経営者にアプローチしまくり、嫌がられるほどヒアリングしまくり、求人票を書きまくる。

これが私のイメージするデライフの営業マンの姿。その先に、業界における圧倒的な優位性が待っている。


P.S. 
Y君担当の某社のオーナー社長が、Y君紹介の若手人材を自宅に招いて面接。「社長自宅面接」とでも名づけよう。デライフの”技”のひとつにしたい。

2008年03月10日

同業の27歳の若手に会った。9ヶ月前に起業して一人で1400万くらいやってるらしい。一人で仕事するのに飽きた感あり(寂しいとかそういうのも含めて)、転職をして有能な経営者の下について経営を本格的に学びたいと。ありがちなパターンだけど、分別あるし、謙虚だし、バランス感覚もある。印象は良好。いわゆる、”社長”肩書き欲しいだけの起業バカ系ではないと思う。

ただ、希望年収850万と書いてたのでその辺ちょっと指摘した。

真剣に本格的な経営者目指すために立派なオーナー経営者と巡り合いたいなら、27という年齢で850
という数字は出してはいけない。今の年収を大幅に下げて、2,3年は冷や飯食う覚悟があるかどうかが彼が立派なオーナー経営者と巡り会えるかどうかの分岐点。仮に850とか1000払うオーナーが出てきてもそれに飛びついてはいけない。それは間違いなく投機的発想に基づく採用だ。

デライフの基本スタンスは、幹部を目指す20代に対して年収上げようと努力することではなく、自ら苦労を買って出るように促すこと。基本的に20代で「キャリアアップ=年収アップ」みたいな発想で転職すべきではない。それでも年収アップにこだわるなら、必ず1年目(本当は入社後3ヶ月と言いたい)から結果を出さなきゃいけないし、それが出来なかったら辞めるくらいの意気込みを見せて欲しいものだ。給与テーブルを度外視して処遇して若手を幹部候補含みで受け入れることの組織的なリスクに対して想像力を働かせなければいけない。20代の若手が社長の右腕ならんとするなら、絶対にこの心構えが必要だし、オーナー経営者から必ず踏絵的に突きつけられる。

ところで、デライフのY君が昇り竜だ。新卒入社3年目、ようやく眠りから覚め地頭の良さを仕事に使い始めた?とりあえず、今のデライフメンバーの中では彼が一番私のイメージを理解している。ほか、元大手広告代理店局長のFさんが入社後3ヶ月目にして1名入社確定。さすが、モノが違う。ここでは書けないけど、誰でも知ってるTV・CMの生みの親。女性のMさんも1名決めた。最近凄く頑張ってる。ちなみに、Mさんの脳内メーカーの分析結果は、全て「休み」だったそうです。笑える。

船出から3ヶ月。デライフのエンジンがジワジワ唸り始めてる。

2008年03月07日

いざ自分で経営を始めてみると、右腕の存在の必要性を痛感する。自分のイメージや理念、こだわりを7割型でいいから共有してくれて、それを実行に移してくれる右腕がいなければ組織を作ることなどできない。ヘッドハンターとして多くの社長の右腕のプレースメントをしてきたのに、実際に自分の右腕を探すとなると難しい。

人材ビジネスに高い理想と志を抱く人、連絡下さい。
h-satou@d-life.biz

2008年03月05日

私の求人業界でのキャリアのスタートは大学生の時に始めたアルバイト情報誌の営業からです。どういうわけか、夜の部担当にさせられ、夜な夜なキャバクラ周りの営業を1年くらいやりました。社員の人は夜まで働きたくないのでバイトにやらせてたんでしょうね。中央線沿線担当で、中野駅から国分寺駅までが私の担当だったように記憶してます。やることは単純。店長にひたすら広告出稿のお願いするだけ。私を管理している社員だけは数少ない夜担当の正社員で、広告に女の子の写真が載ってるような有名店を担当していて、たまに新しい女の子が入るとインタビューしに行ったりとかで、それに連れて行ってもらったりするのが当時のささやかな楽しみだったような気がします。

いろんな世界にプロが存在するもので、その上司の正社員の人はいろんな有名店の店長にコンサルティ
ングみたいなことをしてました。時給のこととか、システムのこととか、社風?のこととか。女の子を動かすマニュアルなんかも作っちゃったりしてた。すごい優秀な営業マンだった。水商売業界やりながら、電機メーカーからも大きな商売ガンガン取ってた。不純だけど、私の求人業界に対する興味の出発点はココからです。「あ、求人業界って面白いな。」って。

その後、普通の会社の求人広告やって、人材紹介もやって、ヘッドハンターになって、また人材紹介はじめた。誤解を恐れずに言えば、キャバ嬢集めの仕事も、CFOを探す仕事も私にとっては同じ。学生の時に感じた求人業界に対する興味や直感の有り様は今も全く変わらない。

「求人業界を極めれば、ひょっとしたらこの世界を変える力を得られるんじゃないか」 

馬鹿と思われてもいい。私がこの業界に拘り続ける理由はそれしかない。



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