WBI コンシェルジュのブログ
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2012年4月以降のブログは、 http://sfjs.at.webry.info/ に引っ越しました。
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2012年04月13日

準ってなんだろう?

漢字検定ても、珠算検定でも、なぜか、準1級とか、準2級とか、準というクラスがありますが、これって、なんでなんだろうって思います。

準1級とは、1級に準ずる級という意味で、1級と2級の間ということですが...では、一つずつずらして1級、2級、3級とすればいいじゃんって思います。

諸外国には、あるんでしょうか?

おそらく、1級は、このレベル、2級は、このレベルという指針があって、その段階の敷居が高くて中間の級を作ったほうが、途中で諦めることがないよう上を目指していけるという配慮なのでしょうか?

もし、その準*級の設定意図がお分かりの方がいらっしゃいましたら、ぜひ、教えてください。

でも、この準*級こそ、中間目標なのかもしれませんね。これがあるからこそ、その上の級を目指せる。途中の達成感が大事ということなのかもしれません。

ビジネスでも、結果に到達するまでに、中間目標を立てて、達成し続けて最後に結果を出す。管理者として、どこにどのように中間目標を立ててあげるか、そして、評価してあげるかが大事。メンバーは、そのそれぞれの目標を目指して踏ん張る。

管理者は、まさにオーケストラの指揮者かもしれませんね。

でも、誰か、準*級のいわれを教えてください。

玉虫色文化の日本だけのものなのかなぁ?


2012年04月12日

できる と できた は違うもの

行動を起こす前には、計画を立てる。もちろん、行き当たりばったりという作戦もなくはないが(笑)。できそうだ! できる! と判断したものを計画を立てて、行動に移す。そして、できた、できないの結果が伴う。

できると判断してもできるとは限らない。だから、大変で、きつくて、おもしろい。

できると言う感覚は、大事である。できると感じなければ、できるわけもない。そう考えます。しかし、できるという感覚は、できたとは大きく違う。

ビジネス的には、できるという判断するのが”経営”。できたにするのが”現場”。この2要素が、かみ合うことで”できた”に達成する。

さらに言えば、”できる”をより確実に”できた”にするために、”管理”が存在する。

まさに、会社組織そのものである。

これを中小、零細、個人事業は、1人でこなすことになる。ここに、我が身を持って、”できる”という感覚と”できた、できない、できそうだ、できそうにない”のギャップを肌で感じるのである。

このギャップが、学習となる。だからこそ、現場で働くときに、できると信じてやることが大事であり、できるわけがないとか、無理やりやらされていると言う感覚を持って”できた”を目指すのはもったいないし、結果も伴わない。

経営と管理と現場。この3要素に、実は、あまり偉いとか、偉くないとかということはない。ただ、責任をいうもののかかり具合が違うが...

3つが上手くかみ合ってこそ、”できる”を”できた”に変えられるのだ。


2012年04月11日

客を選ぶ商売、ビジネス

仕事、ビジネスは、いろいろな形があります。今日は、その中で一つの見方に注目したいと思います。

お客様を選べる仕事とお客様を選べない仕事。

通常、BtoCモデルでは、お客様を選ぶことはできません。もちろん、サービスや商品の自体が特殊性があれば、自然とお客様を選別することになるでしょうが。例えば、食堂やカフェ、ネット販売などは、来る者を拒めません。タクシー業界では、乗車拒否を禁止していたりもします。

一方、お客様を選べる仕事もあるようです。生産や供給側が小さく、消費や需要を満たせない場合などや、高級品やレア物などはお客様を選べることがあります。

しかし、圧倒的に、仕事はお客様を選べないことが多い。当たり前と言えば当たり前ですが。お客様を選ぼうと思っても、きちんと売上が立っていなければ、お客様を選ぶなどもってのほかと言わざるを得ない状況になることもあるでしょう。

では、あなただったら、お客様を選べる仕事とお客様と選べない仕事をどちらかに携われるとしたら、どちらを選びますか? 利益ややりがいなどは、無視しててください。

小生だったら、お客様を選べる仕事を就いて、納得のいく仕事を追求し、納得のいくお客様に評価していただきたいと思います。

皆さんは、いかがでしょうか。

一つの見方でしょうが、お客様を選べない仕事の場合、その価値が分からないお客様にも売ることになるでしょうし、クレームやトラブルの発生確率も高くなると思います。ただ、うまく行けばその反響は大きいものになると思いますが。

どちらが良いとかという話ではありません。お客様に限らず、選べる時にでも選んでいないということがあるのです。これは、もったいないというより損をしていてます。

一例ですが、何か商品やサービスを購入する際に、提案を受けたり、合い見積りを取ることがあるでしょう。自分たちをニーズを満たしてくれるのか、予算に見合うサービスを受けられるかを判定する機会です。

判定基準が、一番安い金額を提示したところというのがありますが、これでは、選んでいるつもりですが選んでいない。くじを引いているようなものです。本当に、自分たちのニーズと照らし合わせているのか、満足の良くアウトプットを出してもらえるのか。やり取りをしていく中でのコミュニケーションは機能するのかなど、金額以外の重要な要素はたくさんあります。しかし、一番安いという判断基準は、明確である変わりに選んでいないことになると思うのです。

どんな仕事、ビジネスでも、お客様や原材料、パートナー、業者を選ぶ機会は数多くあります。選ぶメリットは多大なものであるにも関わらず、選んでいないことが結構あると思います。なぜ、これを選んだのか? 今一度、問い直していただきたい。

どれも一緒と考えるているのでは、選ぶメリットを放棄しているのも一緒。目に見えない損をしているのです。

2012年04月10日

堅実と勝負

人は、野心、別の言い方をすれば夢みたいなものを持っていると思います。特に、経営者と言われる方は、持っていることでしょう。もちろん、野心を封印して、夢を捨て、現実を迷走している方もいらっしゃると思います。この現実と野心のバランスが、おもしろい。野心は、やってくるもんじゃない。自分で歩んで近づいていくもの。それには、その一歩一歩が、現実である。

堅実と勝負と言い換えてもいい。堅実な動きをしながら。時に勝負をかける。勝負に勝てばそれで終わりではなく、次のステージに進めるというイメージ。勝負に負ければ、やり直し。振り出しに戻るとか、3コマもどるという感じでしょうか。

勝負とは、サイコロを振るということ。どんな目が出るかわからない。もしかしたら、イカサマのサイコロで、絶対に1しか出ないサイコロかもしれない。それでも、サイコロを降らなければ進めない。そう、人生やビジネスは、双六。

堅実さも勝負度胸も大事。そのバランスが取れた者が、長丁場の双六を制することができる。

小さな失敗を繰り返し、勝負勘や堅実性を学んでいく。決して、机上での勉強では身につかないもの。

ここっ! といったところで、勝負できる者が強い。

勝負! どこで、どんな勝負ができるか。そして、その勝負どころが作れるまで、堅実に足場を固めていく。そこまでは、辛抱と努力。

堅実に、足場を作れるということが、正しい道である証拠でもある。だからこそ、今の現実を大切にする。

野心を夢に、夢を目標に。そして、現実に!

今日もその第一歩を踏み出すために、この現実を大事にしたい!


2012年04月09日

親の教育がズレ始めている

一昔前であれば、親は、子どものためにと”いい企業”に入れるように、”いい大学”、”いい高校”、”いい中学”というレールを引こうとしていたかもしれない。

そして、そこには、就きたい仕事に就けるようにという思いがあったはず。それは、今でも変わらない。子どもが、働きたい仕事に就くことが幸せだと信じているのではないだろうか。

しかし、現実をみていない。今、正直に、就きたい仕事に就こうとしているだろうか。いや、就けるだろうか。また、本当に、就きたい仕事に就いて幸せだろうか?

こういうのも、働く前の状態、経験のない状態で、就きたい仕事を見つけるってできるのだろうかと思うからです。

好きな仕事に就くことが働きがいがでる。間違いではない。しかし、働く前の若者に、好きな仕事が分かるわけがない。最近の仕事は、新しい仕事があっという間に現れて、淘汰され消えていく時代。じっくりと腰を据えて仕事ができる時代ではなくなった。終身雇用が保証される時代ではないのだ。しかし、親の考えは、いつまでも”好きな仕事に就かせたい”なのだ。

これでは、子どもが一番損をする。何も教えてくれない、自分で見つけろと言うのだから。新しい仕事の内容、目的、やりがい、そのために必要なスキルや資質なんて、働く前の若者に想像してみろちうのも酷である。

では、どうすればいいのか? 親子で一緒に考える、必要な情報を親子で集めるということではないだろうか。

今や、就職は、オートマチックに通過できるイベントではなくなった。そのことに、気づいていない親御さんが多いのである。

安定した雇用が保証されない社会の中、どう生き抜いていくか。そのサバイバル資質を付けてあげることが、親としてどう教育を組み立ていくかのテーマであると思う。

思いやり、コミュニケーション、素直さ、正義、当たり前のことを今、子どもに付けさせてあげたい。小賢しいことをすればするほど、若者の間は苦しむ社会なのだと思う。

子どもに何を与えていくか。その中身が、変わり始めている。それに気づくのが遅ければ、もう手遅れになってしまうのが”教育”。

親の責任、役割が、変わりつつある。


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