方程式が成り立たないのがビジネス
先日、ある社長の方たちと雑談をしている中で、ふと気づかせられる話題が出ていたのでご紹介。「我々IT関連の人種って、忙しく働きまくっているけど、クライアントを見てるとなーんにもしていないようでビジネスが成立しているんだよね...」
一瞬、いろいろと考えさせられる。忙しい=報酬が高い という方程式が成り立たないのがビジネス。あらためて感じてしまった。どこに目をつけるのか... どうやって、効率化させるのか... どうやって、継続させていくのか... これが、ビジネスの中でも「経営」という名の職種なのだろう。同じ労力を使って、1万円稼ぐのと、100万円稼ぐビジネスが存在する。当然、100万円稼ぐビジネスをしたい。しかし、それが、自分の身の回りには見つけられない、作れない。経営能力とは、誰もが持っているものではない。高い経営能力を持っている人に近寄ってそのおすそ分けをしてもらっているのが、従業員というところだろうか。
例えば、労働で1000万円稼いだ場合と株式の運用・投資で、1000万円稼いだ場合とでは税金は同じではない。労働の場合の所得税は、最大50%も取られてしまうが、株式運用・投資では、10%程度だったと記憶している(税率は確かな数字ではありません)。もちろん、ハイリスク・ハイリターンであるが、同じお金を得るのにも様々な環境があるということ。
よく、商店街の古びた(失礼!)洋服屋が潰れずに店を開いているのも、きっとそこには小生には分からない何かが存在するのだろう。以前、たまたまその店主に話を伺ったことがあるのだが、その方は別に仕事をされていて、時間つぶし、毎日の生きがいを求めて洋服屋を開いていると聞いたことがあった。生活の一部であり、そこで利益を上げなくてもトントンで十分なのだそうだ。
また、社長業に専念されている企業の社長も、時には遊んでいるように見受けられることが少なくない。しかし、社長業の仕事内容は、俗人には分かるわけもなくただ、暇そうにしているだけで高い報酬をもらえていいなぁという思うだけかもしれない。
ビジネスは、同じ土俵がありえない。様々な人が得意な土俵でビジネスを展開している。隣の土俵のことをよく知らずに、あーだ、こーだと論評するが、これは単なるやっかみで何も生産性が向上しない。自分の土俵の方程式は、隣の土俵の方程式には成り立たないことを知ることである。それにも、まず自分の土俵の方程式を知ることが重要。
つまりは、ビジネスに終わりはないということ。安住の地もないということ。なにせ、安住の「年金」も崩壊しているのだから、先のことは何も信じれない。信じられるのは、今の自分だけ。今の自分から描かれる将来のストーリーも2~3年先が限界。手に持つ懐中電灯で、先をわずかに照らしながら足場を踏み違えないように歩いているのが小生。大きなサーチライトで全面を大きく照らして、アスファルトの平らな道を歩んでいる人もいる。ろうそくのわずかは灯で、一歩一歩確かめながら歩む人もいる。灯りは持たずに、闇雲に突き進み人もいる。それが、ビジネスの道なのだろう。




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