考えさせられる 痴漢行為の罪と罰
以下は、全くの私見。痴漢行為は、許しがたい行為であることは認めています。このニュースを見て、このケースがどうのこうのということではなく、痴漢に重い、軽いという考えがあるのかどうか考えてしまった。
「痴漢」で処分軽減された都立高副校長、教員として復職
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080711-OYT1T00068.htm?from=main4
このニュースでは、「たまたま女性の体に手が当たっただけ」という主張が通り、懲戒免職から停職に軽減され、教育現場に職場復帰していると言う。
このケースで、痴漢という意思があったか、なかったかという問題。痴漢行為の重い、軽いという問題が見え隠れする。
都の教育委員会では、「痴漢」=懲戒免職 というルールが存在する。
痴漢は、何を持って痴漢となるのか... この定義が、あやふやだから問題が複雑化するのだろう。人に不快な迷惑をかけたことか...
不快とは、何だろう... 嫌な気持ち?
痴漢事件では、冤罪も多いのも事実。被害者の気持ちという立証しにくい、説明しにくい部分が根底に存在する問題だけに、痴漢のケースは繊細だ。痴漢の意思がなくても、被害者が不快だと思えば痴漢となってしまうケースもある。
痴漢とは、なんだろうか... 特に、満員電車の中では、否が応でも身体が密着するケースが存在する。そして、誰もが痴漢という先入観を持って乗車しているとも言える。
痴漢は全て事件なのか。痴漢事故ということは存在しないのか...
痴漢行為に間違われないように、全神経を使って自己防御しなければならない。この全神経を使うところを、ふと気が抜けてしまったときに事故が起きるだろうそ、全神経を使って防御したところで事故は起きるかもしれない。
痴漢は、大きな罪であり、責任を負わなければならないことは事実。しかし、痴漢でないにもかかわらず、痴漢と誤認され責任を負わされるケースがあるとすればこれは大きな脅威であり、恐怖である。
満員電車に限らず、痴漢をしないと言うことだけでなく痴漢に間違われない対策、心構えがどうしても必要となる。
世の中には、落とし穴が潜んでいるということ。このことを意識していることが大切なのだろう。
もちろん、このニュースの教員が良いとか悪いとかということを申し上げているのではない...




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