ホームレスとホープレス
先日のブログでも書きましたし、ニュースでも年越し派遣村の動向は注目されています。派遣きりや雇いとめを企業が行った結果、多くの労働者が住む家を追い出されてしまう現実にぶち当たっています。政府や自治体では、一時的に衣食住のサポートをしていますが、短い期間という条件が付いているのが現実です。
つまりは、ホームレスを生み出すことになりかねない。ホームレスになってしまうと、住所が書けないことが最大の職場復帰の難点になるということを聞いたことがあります。実社会の住所という威力の大きさを痛感せざるを得ません。
もう一つ、ホープレスという言葉が囁かれるようになりました。文字通り、希望が無いということ。ホームレスになってホープレスになってしまえば、職場復帰が不可能になってしまいます。
手法や政策、施策などで、住所が無くても仕事に就ける環境は作れるかもしれません。しかし、ホープレスになってしまうと自ら歩もうとしなくなってしまう... ホープレスの人々を救うのは、非常に困難であると想像できます。
しかし、今のご時勢、希望を持てというのは絵空事に聞こえてきます。
希望って、いったい何なんでしょう...
幸いにして、小生にはまだ希望があります。差し迫った状況にあるわけでもありません。だからといって、今のこの状況のままでいいとは思えないのです。
仕事のパイは増えないという見方もあります。つまりは、一つの仕事(一人分の仕事)を複数で分け合うワークシェアリングという考えも現実味を帯びてきました。しかし、これは、本来誰も望まないことではないでしょうか。しかたなしに実施するということでは、到底実態はついてきません。本来のワークシェアリングは、時間を有効に使いたいという別の次元の話ではないかと思うのです。
とはいえ、今の自分に何ができるのか、何もできないという現実が突きつけられるだけ。時間が解決するということで、ノーアクションでよいのものなのだろうかと考えさせられています。
自分の問題ではないからといって、無関心でいてよいのだろうか。
無関心を決めた瞬間に、成長は止まるものと思います。しかし、自分が成長したいからといってアクションを起こすということでもない!
希望という考え方、定義が変わらなければ... 数年前の希望が希望ではなくなる。新しい希望が生まれる。その新しい希望とは何だろう...
社会が変わる... 変わらなければならない。変わる社会に、自分はどう振る舞えばよいのか...
ニュースの一つ一つ心に響く...
そんな自分と家族と自分を守らなければならない自分がいる。
明日はわが身。いや、明日ではなく今日かもしれない。
そうならないために、そんな社会しないために、今何ができるのか、何を考えればよいのか。
よく分からない...




">





