無気力相撲と大関制度
どうしても何か引っかかる。大相撲の無気力相撲のこと。横綱、大関といえば、大相撲界では、頂点に立つ者。手本、見本となるべき者。どう感じてきた。
単なるランキングではないところに大相撲の奥深さや魅力があると思っている。逆に言えば、横綱、大関陣には、関脇以下の関取、力士とは力の差を見せてほしい。
そんな中、8勝、9勝止まり、さらにはカド番を連発する大関陣には、過去の功績は認めるものの大相撲を薄っぺらくさせているかもしれない。(もちろん、小生個人的な印象です。)
長年、真剣勝負を繰り返し、体重の大きな者同士がぶつかり合う世界では、怪我はつきものかもしれない。しかし、怪我してしまったからという理由で、力を発揮できない場所が続いたり、8勝、9勝止まりを繰り返しているのでは、大相撲の名が廃(すた)る。
怪我をして、本気の相撲が取れないことが分かっているのならば、それは見せるべきではないと考える。なにせ、それが大相撲、相撲道と呼ばれるモノだから。
看板力士(関取)は必要だろう。しかし、人気だけの関取はいらない。強い関取が前提条件。強いとは、現在形であって、過去形は入らないとも考える。
相撲が変わったのか、相撲を見る人が変わったのか、両者が変わったのか...
近年、疑惑がかけられる相撲界だけに、ここは、変身を期待したい。
長い日本の歴史を大切に、今の時代に合った大相撲を期待したい。
無気力相撲の廃止、大関制度の改革。
少しずつでも、変化していって欲しい。でも、その一方で、昔からの文化や考えを維持して欲しいとも思ってしまう。
やくみつるさんに期待しよう!!




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