常識を超えるとは こういうことなのかと実感できる
今、新しいことを考えています。それも、今の常識を超えるようなことを。
常識を超えることとは、言葉にすれば簡単ですが、他人を巻き込んでいく中で非常に難しいことだと痛感しています。
まず、説明しても簡単には伝わらない。だって、常識を超えているんだから。今の常識の枠内で考えても意味がないとこちら側で思っていても、その枠内にいる人にとっては想像できないこと。
当然、否定的な意見や考えで逆に攻められます。当方にとってはその意味のない攻めをきちんと受け、返さなければならない。もちろん、説明することを放棄すれば放っておけば済むことですがそれでは説明にならない。
このやり取りを説明したい人ごとに展開していかなければならない。
これって、非常にタフな作業なわけで、つい負けてしまうことも...
そんな時は、一旦その場を離れることも考える。相手に勢いがついてしまっては挽回が難しい。こちら側のペースで説明していかなければ効率が悪い。
淡々と事実を話しても駄目。積極的に、自らを高揚させて、興奮気味になって説明する演出も必要。ただし、コレにはパワーが必要。
高揚させる瞬間と落ち着く時間のギャップが激しくなる。
それはそれでいいのだが、自己コントロールができないと演出とはならない。
常識を超えることとは、まさに常識を超える手続きを積み重ねないといけない。
これを積み重ねていって、初めて常識を打ち破れる。
小生が常識を打ち破れるかどうか、今この瞬間が大切。今を繰り返して、常識を打ち破るべく踏ん張っているところ。
その発表もそう遠くない...ところまで来ている。




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