WBI コンシェルジュのブログ
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2011年04月30日

大舞台、小舞台


大舞台、小舞台

 先日の朝カフェ次世代勉強会は、テーマは音楽でしたが、さらには、直接参加できずにTwitter参加でしたが、とても気になるキーワードがありました。
 
 「いいホールで修羅場をくぐった演奏家は、どんどん育っていく。」という言葉。
 
 小生自身も様々な修羅場をかいくぐってきたと思っているが、いいホール、つまり、大舞台での経験だっただろうかと思い返すと、そうでもないことに気づくのである。
 
 大舞台に立ったことなど、それほどない気がする。小舞台だらけ... その小舞台でもてんてこ舞いの自分。
 
 もちろん、大舞台に立つには、小舞台での成果を評価されなければならないだろうが、まだまだ小生も発展途上であることに気づく。小舞台での修羅場なんて、まだまだ序の口なのだ。
 
 まずは、大舞台に立つことも考えていかなければならないと...思う。
 
 そんなことを考えている中で、先日、息子のドッジボールの交流戦があった。交流戦と言うのは、いわゆる練習試合。その日は、息子のチームも合わせて4チームが、公式の試合形式を繰り返しながら切磋琢磨するもの。
 
 震災後、まともに体育館で練習ができなかったチームにとって、息子にとっては貴重な経験の場でもあり、近々予定されている大会への腕試しでもある。
 
 しかし、まぁ、見ていても、歯がゆい、歯がゆい。こんなに弱かったっけ?って思うほど、結果も内容もよくない。コーチからの激も飛ぶ。そんななか、1日中試合が組まれているので、20試合以上もこなしていく中で、徐々に、徐々に、選手たちが成長していくというか、本来のできることをやれるようになっていく姿を目の当たりにする。
 
 午前中の前半は、ぼろぼろだなぁと思った試合内容も、後半、終盤には、そこそこ見られる内容になってきた。やはり、試合形式の緊張感は、選手を成長させるなぁと実感したのである。
 
 先日の交流戦は、まさに小舞台。
 
 大きな大会、正式な大会は、中舞台。そして、全国大会が大舞台。
 
 それぞれのステージの舞台に立った子どもたちは、それぞれ何かをもぎ取って、自らのパワーに変えていくのである。練習は、練習。試合は試合、大会は大会。やはり、大きな舞台ならではの何かが存在するのである。
 
 大舞台に立つ、ここに大きな意味がある。それを実感するのである。
 
 







2011年04月29日

GW! 私は、DW


GW! 私は、DW

 GW突入の朝。
 
 我が家のGWは、DW(Dodgeball Week)です。
 
 特に、小生にとっても。
 
 この5月から、本格的にドッジボールの世界に我が身を投じます!
 
 息子のドッジのチームの親御さんやOBたちが作る大人のチームに入って練習しようかと。そして、大人の大会にも...
 
 もちろん、息子のドッジが中心ですけど。息子のドッジの試合でも、審判しながら帯同して、応援して、ジャッジしての日々に。
 
 まさに、ドッジ漬け。
 
 見ているだけでは、飽き足らなくなってしまった。
 
 怪我しないようにと思うけど、やり始めちゃたらどうなることか。
 
 40の手習い。
 
 その第一歩を踏み出します。
 
 まさに、ワクワクとドキドキ。
 
 今日は、息子のドッジの練習試合。もちろん、帯同して審判。
 
 新チームとしての最初の対外試合なので、どんな試合になるか楽しみ...
 
 息子がどう使われるか、それにどう応えるか。そして、チームがどんな戦いをできるのか。東京ナンバー1のあとを継ぐチームだけに、期待しちゃうけど新チームは新チーム。
 
 ではでは、そろそろ、準備して行ってきます!
 
 
 
#dppmm
 
ドッジボールに熱狂する小学生を応援するパパ・ママのための応援サイト
http://www.dppmm.jp/







2011年04月28日

仕事とは、作る、管理、こなす の3要素


仕事とは、作る、管理、こなす の3要素

 仕事の種類も見方によっては、さまざまな形があるようです。
 
 今日は、作る、管理、こなすの3つについて考えてみようと思います。
 
 若いうちは、仕事とは、与えられるものであり、指示されるものであるかもしれません。指示された仕事をこなすことで、価値を生み出していく。見方によっては、価値を作り出すパートでありもっとも重要な部分です。仕事がお金に変わる一番の幹の部分ですが、需要と供給の関係から誰でもできるような仕事であれば、価格競争原理が働きその対価も低くなる。仕事をこなしていく中で、質を高めたり、スピードを上げたり、気持ちよく仕事をしたりと付加価値を高めていくことが、生存競争に勝ち抜く方法でもあります。しかし、そもそもの仕事がなければ、対価も得られず本領を発揮できないということになります。
 
 また、こなす人が多くなってくると、全体としての効率を求めていくようになります。全体最適、部分最適を考えながら、全体としての最大の利益を上げることを考える人が必要になります。仕事には、多くの要素が存在します。経理、営業、総務、法務... それぞれの仕事が組み合わさって、大きな利益を生む構造になってきますので、それぞれのパートを分担して適材適所でここのパワーを最大に近づけていくことを考えます。また、それぞれの個々の働き手が生み出す付加価値を高めるため、また、チームとしての付加価値を高めるために、さまざまな管理が必要になります。いわゆる、管理職と呼ばれる仕事です。
 
 では、仕事を作るとはどういうことか。営業と考えがちで、それはそれで間違いではないのですが、営業も仕事の一つとして考えることができます。ここでの仕事を作るということは、戦略を練る、仕事の種をまくという部分。営業も、売るもの、提供するものがあってのビジネス活動ですが、その売るもの、提供するものを考え、生み出していくのも仕事です。経営という呼ばれる仕事の一つかもしれません。創業、新規開発という部類に入るかもしれません。
 
 全てを1人でこなしてしまう場合もあるでしょう。多くのメンバーで分担する場合もあるでしょう。
 
 しかし、どれも重要な仕事です。
 
 ただ、誰でもできるかというと向き不向きが存在する。管理職、経営、創業は、運や縁も大切な要素でもあります。そこに、経験とかアイディアとか、構想という目に見えない要素が入り混じり、人柄とか雰囲気とかというあいまいな要素も絡んできて、どの仕事がどの程度本領発揮できるのかが決まるような決まらないような...(笑)
 
 そして、忘れてはいけないのが、資金。ネタやアイディアがあっても資金がなければ形にできないことも多い。逆に資金があってもそれを活用できるものがなければ、大きな価値が生み出せない。
 
 計算できそうで、できない。うまくいきそうだけれどもうまくいかない。それでも、何とか成果を出していかなければならないのが仕事、ビジネスなんですね。
 
 仕事に上下はないというのが持論ですが、経験という要素があるので、ステップを踏むということは重要な考え。
 
 今している仕事は、何なのか、将来に向けてどんな仕事をしていきたいのか。そんなステップを考えることで、目指す道を歩けるような気がします。
 
 

 
  
 
 
 






2011年04月27日

ポイントの魔力


ポイントの魔力

 缶コーヒーを買うことが多いのですが、ふと迷ってしまうことも多い。コンビニやスーパー、駅の売店に自動販売機など、様々なところで売られていますが...
 
 缶コーヒーでも...
 
 スーパーで88円。
 
 コンビニで、キャンペーンで110円。
 
 コンビニのプライベートブランドの98円。
 
 自動販売機だと、120円。場所によっては、100円も。
 
 さて、でれを手に取るか...
 
 スーパーだと、現金か電子マネーかでも印象が違う。
 
 コンビニだと、他の買い物があるかないかでも違ってくる。100円に満たない場合は、ポイントがつかない。コンビニのプライベートブランドの缶コーヒー単品だと、安いけどポイントがつかない。
 
 コンビニのキャンペーンだと110円だけどさらにポイントが10ポイントつく場合もある。
 
 電子マネーの場合は、100円で1円分。コンビニのポイントだと10円分。でも、それを差し引いても、スーパーの88円缶コーヒーが一番お得。
 
 でも、ポイントが溜まる喜びってある。その場でお得を実感するのもいいけれど、コツコツとポイントをためるという別の価値観も存在する。
 
 まさに、ポイントの魔力!
 
 結局は、買いたいときに周りを見て、コンビニがあるか、スーパーがあるか、自動販売機があるかで、決まりますけど、意思を持って買いに行こうとする場合、どこに足が向くか...
 
 小生の場合、気まぐれ。気しない。でも、それは、気にしているってこと。奥様感覚だったら、間違いなくスーパーの88円缶コーヒーだろう。
 
 買い物、ショッピングの価値観で、面白いなと我がことながら思った。
 

 
  
 







2011年04月26日

卒プロジェクト


卒プロジェクト

 月替わりや年度替わりとなると、仕事の切れ目、変わり目のタイミングとなります。同じ仕事、プロジェクトを延々と続けることもありますが、フェーズ完了ややプロジェクト完了に伴って、卒プロジェクトとなることも多い。
 
 小生もあるプロジェクトを卒業することができました。
 
 プロジェクトの終わり方にもいろいろあります。当初の課せられた任務を予定通りに遂行して、当初の契約満了を持って終了する場合。想定以下のアウトプットしか出すことができずに、契約を途中できられれしまう場合。ストレスを溜め込んでか、もしくは体調などを崩して、プロジェクトの続行が不可能になった場合など。契約延長を望まれるケースもあれば、逆に契約を切りたいというケースもあるわけで、プロジェクトの終わり方は、非常に大事な手続きでもあります。
 
 小生たちコンサルタントや個人単位に近い契約でビジネスを成り立たせているものとって、一つ一つの契約を実績にして、次のステップにしていかなければならないのです。
 
 できれば、去ることを惜しまれ、契約延長を望まれて去っていきたい。去ることを望まれるようであれば、ビジネスの将来としては先細りです。
 
 つまり、課せられた責任、与えられた任務をこなすのはプロとして当たり前。
 
 去るときに、どんな反応をしていただくが、そのビジネスの通信簿と言えるものなのです。
 
 建前。このフィルターを外した上での反応。
 
 仕事が仕事を生む。縁が、次の縁の生む。
 
 冷静な評価をいやおうなく受けますので、その評価をきちんと受け止める。
 
 去るときのマナー、きれいな去り際が大切な手続きでもあります。
 
 卒プロジェクト。一つ上の段階に登るのが、卒プロジェクト。
 
 中退プロジェクト、退プロジェクトではなく...
 
 小生も多くの卒プロジェクトを経験してきました。そんな思いをもって、次のプロジェクトに移ってきました。
 
 そして、また一つ、卒プロジェクトを迎えました。気持ちよく、すがすがしい気持ちで契約満了を迎えられることに、感謝と達成感を感じながら...
 
 そして、また、次のプロジェクトに...
 
 

 

 
 
 






2011年04月25日

靴を揃える約束って、できますか?


靴を揃える約束って、できますか?

 我が家のルール。「靴を揃える」 当たり前のルーツですが、約束となると、ふと考えてしまった。
 
 「帰ってきたら、靴を揃えて、家に上がる。揃えなかったら、靴を家の外に出す。」 これが、約束となると、二つ返事で即答ができない。いや、小生自身は約束できない。
 
 約束=契約。 つい、仕事の延長で考えてしまう。仕事と家庭と区分けするのも面倒だし、できない約束で縛られたり、ストレスを抱えるのはごめんである。
 
 「帰ってきたら、靴を揃えて、家に上がる。揃えなかったら、靴を家の外に出す。」 ルールであれば、それを受け入れる。ここまでは、納得できる。
 
 しかし、靴を揃えるという約束は、絶対に守り続けられるかと言うと、自信がない。いや、不可能である。不可能と考えてしまう理由は、無期限であること。つい、靴を揃えてしまうことを忘れてしまうこともあるという事実。靴を揃えても、後から帰ってきた息子や娘に靴を荒らされてしまうリスク。こんなことが、一瞬のうちに頭をよぎる。仕事の癖ですね。(笑)
 
 こんな論理が立ってしまうと、約束=契約はできない。守れない約束はできないのです。
 
 でも、子どもたちは、躾という名目で問答無用に、約束してしまう。いや、させられてしまう。
  
 できない約束をして、守れない実績を作ってしまうことが、教育上、躾上良いのであろうか悩んでしまう。
 
 しかし、自覚を持たせ、約束という束縛を持って意識させることも重要なこと。
 
 さらには、子どもには約束させて、パパが約束しないという現実が許されるのか...
 
 もちろん、靴を揃えるという意識はするし、揃えようとはするけど。
 
 うーーーむ。お父さんは、辛いですなぁ...

 
 






2011年04月24日

中学生、小学生の子どもたちは、東日本大震災をどう捉えているのか。


中学生、小学生の子どもたちは、東日本大震災をどう捉えているのか。

 小生には、中2の娘と小4の息子がいます。
 
 3.11の東日本大震災を大人の私たちとは、異なる捕らえ方をしているのではないかと思って、話をすることがあります。
 
 特徴的なのは、中2の娘は、怖がりで臆病なのですが、彼女なりに震災を感じ、吸収し、前向きに捉えています。被害の大きさも状況も十分情報をキャッチできますし、イメージできています。しかし、当然のことながら被災地や避難所の状況を直接目にしたわけではなく、私たち大人からの話し言葉やTVなどの画像を見て想像しているわけです。
 
 彼女なりに一所懸命想像したところで、今回の被災地の惨状や避難所の苦労の何十分の一の範囲でしか理解できないでしょう。
 
 でも、想像したイメージをもとに、彼女なりに考え、行動しようとしています。もちろん、親や周りの大人たちの行動を材料にして価値観をつくり、自分が作ろうとしてういる価値観に基づいて、思考し、行動し、価値観を自分のものにしようとしているようです。
 
 娘を見ていると、近いうちに、東北の現状を実際に自分の目で見て、作り上げたイメージとのギャップを埋めてあげたいと思うこともありますが、そのギャップに娘が負けてしまうかもしれないと思うこともあり、躊躇する父親の自分がいます。
 
 一方、小4の息子。大変なことが起きたということは分かっているものの、現状を理解するには無理なようです。イメージができない。近い経験がないのです。幸いにして、我が家は、それなりの生活ができて、遊びも勉強もスポーツも取り組める環境の中で、制約される生活は実体験がないだけに想像ができない。ただ、大変なことが起きているみたいだとは感じている。親や周りの大人の顔色や声の調子からその事態を理解しようとしている。あの東京でも大きな揺れがあったことも、TVが一斉に地震の報道に変わったことやCMがなくなったことは、いまや過去の出来事であり、普段どおりの生活を取り戻そうとしているようです。
 
 娘は、息子より4年間長く生きてきた中で、多くのつらい経験を呼び起こし、現地や当事者の惨状を想像する。
 
 息子は、今起きていることを新しい出来事と捉え、それを自分の経験の一つに叩き込みながら、今までも作り上げてきた価値観とのギャップを見つけ、そのギャップをどう説明して納得しようとする。いや、時には、そのギャップから目をそらして現実逃避してしまうときもある。
 
 いずれにせよ、親や大人たちの価値観や行動、言葉を通して、自分の中に取り入れようと、納得しようとしているのが伺えるのです。私たち大人が、このような大きな出来事が起きたときに、どう振る舞うかが子供たちの正義感や価値観にとても重要なインパクトを与えるのだと痛感するのです。
 
 もちろん、大きな出来事でなくても日ごろの何気ない出来事や行動から、子どもたちは道徳、正義感、価値観を作り上げていく。大きな出来事であれば、子どもたちに与えるインパクトも大きい。
 
 だからこそ、この大震災に背を向けることなく、娘や息子と一緒になって考え、感じたことを言葉にし、考えさせ、意見を聞き、考えを話す。そんなことをしなくてはいけないのだと思うのです。子どもたちも一生懸命、大震災を処理しようとしているのだから。
 
 そして、この日本を一緒になって、少しでも背負っていければと思うのです。
 
 
 







2011年04月23日

GW前


GW前

 1週間後は、GWです。今年のGWは、感慨深いですね。
 
 どう過ごそうか... どう楽しもうか... 家族会議!
 
 当然のことながら... 子どもたちは、旅行に行きたい、遊園地に行きたい。遊びに行きたい。田舎に行きたい。
 
 でもでも、子どもたちも大きくなると、子どもたちの予定もそれなりにあるわけで、カレンダーにその予定を書き込んでいきます。
 
 そして、パパの予定も...
 
 そうやって、カレンダーを見てみたら、予想はついていましたが、ドッジボールの予定が多いこと。
 
 息子のドッジの練習に、練習試合、大会もあります。そして、パパのドッジの練習に大会に... 空白の日が1日ある程度。ドッジの試合を休んで遊びに行くか?と聞くと、ドッジに行くと言う。これで、GWの予定は、ドッジ三昧に決定。
 
 小生の場合は、自分のドッジの練習や試合が始まり、新しいリズムが生まれる。さらに、息子のドッジの練習試合や大会では、審判として参加したい。つまり、一番ドッジに囲まれるGWになるのです。
 
 こうなると、娘が一人でGWを過ごすことになってしまうけど、さすが、中学生にもなるとそれなりにその環境を楽しむみたい。
 
 一時期は、東北に旅行に行こうかなと思ったりもしたわけだけど、その空想も空想のままで終わったしまう。残念だけど。
 
 楽しいGWを迎えるためにも、GW前の来週をきちんとこなさなくては...
 
 
 
 
 
 






2011年04月22日

頑張ったけど、報われない?


頑張ったけど、報われない?

 よく、いかれる言葉。「頑張ったけど、報われない」
 
 でも、そうでしょうか。
 
 頑張れること自体が、ありがたいことです。
 
 今、被災者が、頑張りたいけど、頑張れる種もないという声が聞かれます。
 
 頑張りたくても、何もないというのです。
 
 義援金や支援などで、今の生活を支えることは重要です。そして、次に来るのが、被災者が頑張れるものを得ていただくこと。義援金は、一時のもの。使ったら終わりです。永続して、収入を得ることができる仕事を得て欲しい。
 
 頑張ったけど、報われない? そんなのは、贅沢です。欲張りです。
 
 頑張れること自体が、既に報われているのです。頑張って、成果が出ないのは、頑張るやり方が間違っているだけ。もしくは、頑張っているつもりで、行動していない。
 
 目を向いて、行動するだけ。それ以上はできません。行動した成果は、行動の正しさに比例します。成果を得たかったら、正しい行動をすればいい。単純です。そこに、感情が入るから、うまく行動できなかったり、判断を間違えてしまう。
 
 頑張るのは、当たり前なんです。
 
 







2011年04月21日

役職が人を育て、役職が人を潰す


役職が人を育て、役職が人を潰す

 仕事。組織で働く以上、役職が存在する。
 
 役職は、任務、役目であり、時には、指揮命令系統を示すものでもある。
 
 役職には、責任がセットになる。責任が取れるものが上の役職を担うのが原則。しかし、人を育てるために、実力以上の役職に就かせるときもある。
 
 上の役職に伴う仕事を経験することで、徐々に、独り立ちできるように見守る。これが、上の役職の役目でもある。人を育てるには、実力よりやや上の仕事を経験することで、成長が速まると考えられる。
 
 もちろん、実力が備わっていない役職の仕事をしているときは、勉強である。責任が取れない状態であるのだから。
 
 その分の責任をさらに上役の役職の方が取って、フォローしているのが望ましい。下の役職の者にすれば、そうしてもらわなければ困る。上司の責任を下がとるなってことは、あってはならないが、実はよく見かけることでもあるからだ。
 
 こんな勉強をさせてもらえれば、役職によって人が育つと言えるだろう。
 
 しかし、無責任に役職に就けて、誰もフォローも責任も取らず、本人も自覚がなかったら...
 
 周りの同僚などから、冷たい目で見られる、信頼を失う、相手にされなくなるといった事態に陥る。人の評価はシビアである。 しかし、一旦就けた役職は、なかなか外せないのも日本的な文化の悪いところ。だから、本人はその後出なおせなくなる。つまり、役職が人を潰すケース。
 
 あなたの周りに、実力以上の役職の人、実力が役職よりも上回っている人。いろんな人がいると思いますが、その役職がゴールではない。他人の役職に振り回されないようにするにはどうすれば良いか。無視するわけにもいかず、かといって押し付け過ぎるわけにも行かず。かといって、失敗したくないし、見たくもない。
 
 適正な組織って難しいってことです。
 
 ベストなんてない。人が、人を支えていくしかない。組織とは、ある意味で、馴れ合いの集合体なのかもしれません。その中で、自分をどう表現して、成長させていくか。やはり、組織に左右されてしまいますね。
 
 
 
 







2011年04月20日

【E】  かっこいいってなんだろう


【E】  かっこいいってなんだろう

 かっこよさ。その時々の価値観で、その表現方法は変わってきます。
 
 今の小生がかっこいいと感じるのは、ナンなのか... ふと、考えてみた。
 
 小生も40半ば。いいおっさんである。
  
 働き盛りであり、大黒柱であり、身体も体力も落ちてくる頃。
 
 価値観も変わってきた。
 
 30代、そして数年前までは、仕事中心の価値観だった気がする。バリバリ働いている人、姿。スーパーマンのように普段はだらしなく見えても、仕事となるとビシッと切り替える瞬間。 そんな姿をかっこいいと思ってきた。
 
 今は...
 
 ドッジボールに携わっている人と言いたいが、それは少し色眼鏡の度がすぎるので、少し、噛み砕く。
 
 ドッジに関わらず、自分の世界を持ち、けじめをつけながら使い分け、棲み分けている人かもしれません。
 
 新しい世界に飛び込むって、結構勇気もいるし、決断もあるでしょうが、我慢が一番必要かもしれません。一人で簡潔する世界であれば、それは軽いのかも知れませんが、多くの人たちがいる社会に飛び込むには、今までの自分の経験を捨て、かけ離れた価値観を共有しなければならない。そこには、謙虚、我慢、努力などがどうしても必要になる。これなくして、社会には馴染めないでしょう。
 
 このことが少し再認識できたからこそ、なにか新しくことをスタートする人を応援したくなります。そして、新しいことにチャレンジしている姿を見て、かっこいい!って思っちゃう。
 
 新しい道を歩むには、きっかけは必要だと思います。時には、お客さん扱いや招待のような形でスタートすることもあるでしょう。でも、いつまでも、お客さんでも招待され続けることはできないでしょうから、どこかで、気持ちを切り替えて、受動から能動に変化させなければなりません。
 
 この能動の姿こそが、かっこいいのです!
 
 大人になれば、どうしてもお客さん扱いや招待の扱いが居心地が良いでしょうが、そこを脱して逆の立場になることの難しさ...
 
 つまり、自分が これは、難しいな、大変だな、苦労してるだろうな と思えることを能動的にしている姿がかっこいいと思えるのかなと...
 
 小生自身もかっこよくなろうと頑張ってます。いや、頑張ってるんじゃなくて、楽しんでるんですけどね。
 
 皆さんの【E】って、ナンですか?

 
 


 






2011年04月19日

子どもを通して、物事を見直す


子どもを通して、物事を見直す

 大人って、余計な感情とか、無用なプライドとか、世間体とか、維持とかたくさん持ち合わせています。
 
 もちろん、効果もあるのでしょうが、もっているおかげで間違った考えや行動や態度を取ってしまうことが非常に多いのも事実ではないでしょうか。
 
 譲り合い
 赤信号の横断
 挨拶
 ありがとうのことば
 緊急地震速報後の行動
 火災警報の雷鳴の後の行動
 お手伝い
 協力する姿勢
 早寝早起き
 ながらTV
 生活のなかもめりはり
                などなど
 
 でも、小さい子どもと一緒にいると、これらのことがビシッと見えてくる、考えさせられる、行動示さざる得なくなる。
 
 子どもがいることで、考え、行動、態度がフィルタリングされ、浄化され、素直に捉えられるようにある。
 
 人として、大人として。
 
 そして、子どもが大きくなり、一緒にいる時間が少なくなってきたときに、その行動や態度が元に戻っちゃう。
 
 つまらない、先入観、プライド、欲や世間体...
 
 社会の中での一員として、恥ずかしくない、後ろ指を指されない生き方、行動、態度、言葉...
 
 正々堂々と生きているかと言う自問自答。
 
 小生自身、まだまだ、自問自答して後悔ばかり...
 
 他人の振り見て... 反面教師... ここから気づき、恥じて、身近らを見つめることから始めるしかない。
 
 逆に、きちんとできている人の行動や態度を見ると、凄い! 素敵な人! だと感じるようにしている。
 
 子どもと一緒にいることで、人として浄化される。
 
 そして、子どもがいなくても当たり前のように振る舞える。そんな大人になりたい。
 
 当たり前のこと、やらなければならないこと、やりたいこと。これらを、素直に受け止められるようになるために。

 
 






2011年04月18日

顔色を伺う


顔色を伺う

 仕事とは、多くの他人との複雑な関係の中で成立する複雑な出来事なのかもしれない。
 
 他人との情報交換が複雑な関係の基本であるが、情報のやり取りは簡単なものではない。
 
 パソコンのように、Enterキーを押下すれば答えが出るというものではなく、他人のペースやスキルや進捗状況を考慮して情報をやり取りすることになる。
 
 さらに、厄介なことに、人は感情を持つ生き物である。感情は、表情、声、言葉、態度などに表現される。人は、機嫌の悪いときは正しい、適切な、期待値以上の情報は、出てこない。まぁ、プロフェッショナルになれば感情を押し殺してでもアウトプットを出すだろうが、そんなプロフェッショナルは、多くいるわけもない。
 
 したがって、効率的に、時には気分よく仕事をしようとすると、人の顔色を伺いながら、機嫌の良いときに情報を出し、もらおうとする。
 
 顔色を伺うという、本来仕事には関係ない要素を持ち出して、仕事を進めていくのであるから効率は間違いなく低下する。しかし、人は、これを無意識にしてしまっているのだ。
 
 自分は、人の顔色なんて伺わないよという人こそが、他人から顔色を伺わせている。人の顔色を伺う人だからこそ、他人に配慮をでき、感情を押し殺すことができる。
 
 仕事にとって、時間はお金である。経費である。経費削減こそが利益拡大である。顔色を伺って、停滞する時間をなくすことが効率化の近道である。しかし、これに特効薬は存在しない。だから、取り組みやすいコピー枚数だったり、文房具の削減だったり、交通費の削減といった無機質な対策に走る。
 
 顔色を伺わないようにするにはどうすれば良いか。
 
 顔を見なくてもいいように、対応を全てメールやワークフローを通じて行う。そんなバカな...(笑
 
 無神経な人を演じる。 ほかに楽しみを見つけてやり過ごす。 時間を決めて、この時間になったら顔色が悪くても行動を起こすという自己ルールを作る。 などなど...はいかがでしょうか。
 
 また、逆に顔色を伺わせないためには... 笑顔を心がける。 1時間に5分は、休憩を無理やりとって、周りを見渡す。 職場を無意味に歩く。 仕事のスケジュールを詰め込みすぎない。 人を使って自分に仕事を溜め込まない。 とにかく、スケジュール、計画通りに仕事を進める。  どうですか? いかがでしょうか。 (笑
 
 
 
 
 
 






2011年04月17日

kcal と マイクロシーベルト


kcal と マイクロシーベルト
 
 昨日に続き、マイクロシーベルトの勝手な考察。
 
 健康増進法の栄養表示基準では、100gあたり、5kcal未満であれば「0kcal」「カロリーゼロ」と表示できます。
 
 マイクロシーベルトでも、5マイクロシーベルト未満であれば、0マイクロシーベルトと表現できないかなと思ったりします。もちろん、簡単に言えることではないことは承知の上で。
 
 カロリーの場合、通算7700kcal消費が摂取を上回れば、脂肪が1kg減ると言われています。
 
 放射線の場合、通算1000ミリシーベルトを浴びると、寿命が、6時間30分短くなると言われています。数字を単純に合わせると。7700マイクロシーベルトだと、寿命が50時間短くなります。約2日。
 
 これが、同程度かどうかの判断は人によって違うでしょうし、比較もできませんが、えいやぁで同じとしちゃうと、5マイクロシーベルト未満であれば、0マイクロシーベルトと表現してもいいのかなと。
 
 やはり、無理がありますかね... (苦笑
 
 
 
 
 
 






2011年04月16日

放射線と喫煙の寿命への影響比較


放射線と喫煙の寿命への影響比較

 マイクロシーベルト。今話題の単位である。詳細は、述べないが、福島原発事故による放射線の影響度。
 
 ちなみに、通算で、1シーベルト=1,000,000マイクロシーベルトの放射線を浴びると、統計上3/4年(270日)寿命が短くなるという試算が出されている。
 
 またちなみに、概算ですが、1マイクロシーベルトを浴びると23秒寿命が短くなるということになります。1ミリシーベルトだと、約6時間30分寿命が短くなります。もともと、地球上には多くの放射線が存在し浴び続けていることも忘れてはいけません。
 
 さらにのちなみにですが、文部科学省は一般人の年間被曝(ひばく)許容量を1ミリシーベルトとしています。科学技術庁は、放射線技師の放射線技師の年間許容量が50ミリシーベルトと定めています。
 
 さらに、ちなみに、タバコを1本吸うと、統計上寿命が5分30秒縮まると言われています(もちろん、喫煙と寿命は関係ないという説も多くありますが)。タバコは自分の意思で吸っているので自己責任と言えるかもしれませんが、受動喫煙を考えれば、放射線よりもタバコの方が影響が身近で大きいように思えます。
 
 タバコの受動喫煙として、1週間に1本程度の喫煙したのと同程度の影響があったとすると、年間では、53本分。つまり、約5時間の寿命を縮めています。家族や職場で、喫煙者が身近にいる場合、ヘビースモーカーが身近にいる場合などは、もっと影響を受けていることでしょう。
 
 いずれにせよ、目くじらを立てるほどの影響度ではないという見方もできますし、わずかでも事故によって負の影響を受けていて避けたいという見方もできる。数字の見方は難しいです。
 
  
 
 
 






2011年04月15日

仕事は、役割。つまり、労働者は役者であれ


仕事は、役割。つまり、労働者は役者であれ

 仕事とは、多くの歯車がかみ合わせて、大きな力を生み出すもの。つまり、働くものが、それぞれの歯車となって協力していかなければならない。
 
 同じようなパーツばかりが集まっても、うまくかみ合わない。それぞれの特徴を生かし、不得手をカバーしながら大きなパワーを作り出す。
 
 つまり、その組織として、チームとして大きなパワーを生み出すこと。組織全体の結果が大事であって、それぞれの歯車の気持ちやら、結果を一つ一つ扱っていては、全体最適ができなくなる。
 
 だから、時には、一部の歯車に、無理な力やストレスを与えながらも、全体を回していく必要がある。
 
 マネーなーとして、ここの歯車の最適化と全体最適化の2元軸を持っていなければならない。
 
 マネージャーは、誰でもできる仕事ではない。経験やスキルを積み重ねていって管理できるものであろう。
 
 逆に、歯車となって働く人にとってみれば、全体から見て自分自身がどんな役割であるかを知る必要がある。マネージャーが設計した役割を演じることが求められる。そう、マネージャーが脚本家で、働き手が脚本通りに演じる役者である。
 
 あいつよりオレの方ができる。オレは、あいつの指示jは聞かない。こんなことが許されるわけもなく、設計した指示系統に則った指示に従うことが求められる。
 
 働き手の能力は、役者を決めた時点でそれ以上でもそれ以下でも困るのだ。
 
 もちろん、全てのプロジェクトや仕事がこの考えが当てはまるとは思っていない。大企業の大きなプロジェクトであれば、このような考え方まかり通るのである。
 
 ベンチャーや中小企業では、こんなぎっちりとしてことはできないだろうが、大きなプロジェクトであれば、失敗できないというリスクを考えると、個性を捨てて、役者にこだわらなければならなくなる。
 
 大企業の中で生きるサラリーマンとベンチャーできるサラリーマンの違いがここにある。
 
 どちらがいいかどうか。個性による。私は、両方を経験してきて、脱大企業を宣言している。
 
 最高の役者も大事、プレイングマネージャーも大事。適材適所。あなたの適所はどこでしょうか?
 
 
 
 






2011年04月14日

東電社長の会見を聞いて


東電社長の会見を聞いて

 昨日、職場復帰されたばかりの東京電力社長の会見が行われました。1ヶ月ぶりだそうです。
 
 出てきた言葉は、
「1日も早く」
「政府と協議して」
この2ワードだけだったような気がします。
 
 被災者や国民が、社長が会見するということで、期待したのは、具体的な決断と指示内容だったはず。
 
 一時金や原発の復旧手段など、具体的な内容が発表されるかもしれないと思ってしまう中の中途半端な内容だったといわざるを得ない。
 
 企業TOPの会見は、それなり、いや非常に大きな意味を持つ。社長の役目は、決断と命令だからだ。
 
 社長が会見するという知らせだけでも、何か発表があると思ってしまう。その期待値と同等、それ以上の内容がなければ、必ず”意味がない”という評価につながる。企業TOPの会見は、伝家の宝刀でなければならないことをみんなが知っているからだ。
 
 しかし、昨日の東電の社長会見は、「1日もはやく」「政府と協議して」と相対的な言葉ばかり。こんなのは、誰でも知っているし、そうでなければ困ることであって、会見で発言する言葉ではない。
 
 単なる、病気からの復帰会見だったのだろう。
 
 まぁ、以前から言われている質問する記者の言葉や声から想像できる態度も問題はあると思うが、それ以上に、社長会見の目的が分からない。
 
 一般的に、ピンチはチャンスと言う言葉もあり、過去、この言葉通りの辞退立て直しができた企業や事案は数多く存在する。その共通点は、TOPの決断と予想を超える行動と発表であったと思う。特に、企業TOPの発言が、大きな意味を持っていた。
 
 企業TOPの会見。その秘めたパワーがありながら、マイナスの効果にしてしまった東電。この先、明るい兆しが見えない。
 
 賠償問題も、結局は電気代に跳ね返ってくることは確実だろう。じゃあ、東電と契約しないで別のサービスに... とできないのだから、私たちの問題でもある。だからこそ、やりきれない...
 
 何かあったとき、TOPがどう判断し、行動し、指示を出せるか。このことを考えさせられる。
 
 小生自身も小さいながら企業TOPであり、家庭でも主である。TOPとしてどう行動すべきか。考えさせられる。
 







2011年04月13日

指示は、内容よりも出し方、出され方


指示は、内容よりも出し方、出され方

 仕事は、一人ではやっていけないもの。何人かで組織、チームとなってより大きな仕事をこなしていきます。
 
 そんな中、各人がそれぞれ思い思いに行動すれば、組織やチームのパフォーマンスは落ちます。どうしても組織やチームでは、上下関係が必要になり指示・命令という形で意思を共有し報告という形で結果を共有します。
 
 的確な指示と報告ができれば、組織、チームとしてのパフォーマンスは向上するでしょう。
 
 指示の出し方は、とても大きな意味を持ちます。
 
 簡単に、的確な指示と表現してしまいますが、指示出す人、出される人のスキルや性格、そして、周りの状況や仕事の進み具合などさまざまな要素が入り混じった中で指示を出し、報告を受けるのはとても難しいことです。
 
 上司の顔色を伺いながら、報告や相談するチャンスをうかがうなんてことは誰もが経験しているでしょう。様子をうかがっている間に、時間ばかりが過ぎていって何もしないで1日が終わってしまったなんてことも。逆に、指示出す方としても自分の仕事で頭を占領してしまいなかなか気が回らなかったり、指示をもらいにくるのが当たり前だと思っている上司も少なからずいます。
 
 自分の仕事で忙しいときや、状況がこんがらがっているようなとき、自分の仕事に集中しているときに、部下から相談や報告を受けることもあるでしょう。こんなとき、ふと、嫌な表情をしてしまいがち。表情だけならまだいいのですが、「あとにして」とむげに跳ね除けてしまうとその部下は、次に相談や報告したいときに顔色を伺うようになったり、避けるようになって利するものです。
 
 心当たりはありませんか?
 
 指示や報告は、内容は当たり前ですが、その人の心の広さ、余裕というのモノがあれば潤滑油のように回っていくのですが、キツキツ、ギツギツしていると回るものも回らなくなるもの。
 
 余裕がなくても、笑顔が潤滑油の役目をしてくれます!
 
 そして、指示や報告を出されやすくするという見方も大事。相手のペースで、指示や報告、相談を受けやすくする工夫も必要です。その分、自分の仕事を後回しにしたり、時間配分を考えたりすることが求められますが。
 
 組織、チームのパフォーマンスは、まさに協力体制です。指示と報告、相談がそれぞれのメンバーを結ぶ大きな”手”。握手できるか、しっぺになるか... その違いは、結果に大きく跳ね返ってきます。
 
 コツは、指示、報告、相談に無駄を見込むこと。見込んでいる無駄や脱線は、我慢できる。的確なんて、期待せず、無駄の中から価値ある指示や報告、相談をつかむ。そんな考えをすると余裕が生まれるかも。
 
 握手しようとしても、ついしっぺをしてしまっている... あ・な・た!
 
 気をつけましょうね。
 
 小生もですが...
 






2011年04月12日

数ヵ月後を見ながら、今日を生きる


数ヵ月後を見ながら、今日を生きる

 昨年は、明日を見ながら今日を生きていた。これしか、できなかった。そんな、不況の世界を歩んできた。
 
 2011年度という節目の時期。今年のはじめくらいから、視点を少しずつ上に上げて、数ヶ月先を見ながら、今日の仕事をこなすということに、ようやく手がけられるようになった。
 
 その甲斐もあってか、蒔いてきたビジネスのタネ・ネタも育ってきたように思える。そして、新年度、育てて、実をつけ、刈り取れるかなと思っていた矢先の大震災。
 
 日本は、間違いなく、全般的には不況の世界が続くことでしょう。ただ、元気な分野とダメージを受ける分野には色分けができそうな、でも、結局は全体を覆われるような、不安な状況だと思えます。
 
 数ヵ月後のビジネスを見ていても、それが虚像になるかもしれません。それでも、数ヶ月後を見て、今日のビジネスをこなしていかないと、全体の不況に覆われてしまう。数ヶ月先をみるということは、延全体の流れを乗り切ることを意味するのかも知れません。つまりは、簡単に数ヵ月後を見ろと言いますが、見ているだけではその流れを感じ取ることができない。その流れに中にいては、全体が見えなくなってしまう。
 
 今日のビジネスだけをこなすだけでは、流れに飲まれていること。全体の流れが、良い方向に向かっているのであれば良いのですが。
 
 数ヵ月後を見るということは、全体の流れに背いて、自分だけでも良い方向に漕ぎ出すこと。方位磁針を持つということ。ただし、どちらの方向が良いのかの見極めは容易ではない。
 
 また、流れに背いて漕ぎ出すパワーも必要。このパワーこそが、信念であり、時間であり、お金である。
 
 今、この資源を活用しなければ、ならないとき。その結果が、数ヶ月に表れる。四半期決算といわれるが、まさに、その単位で評価し、見直し、出直すことが求めまれる時代。
 
 2011年度第一四半期は、スタートした。この時期、それなりのビジネスのネタやタネがあることは、3ヶ月前の判断と行動がよかったことかもしれない。そして、夏。どう過ごせるか。3ヶ月前の仕込みをきちんと刈り取ることと、夏に向けての仕込みを行うことの両方をこなさなければならない。
 
 社会の流れに依存できない今だからこそ、ビジネスマンの力量が試される時期なのである。
 
 
 







2011年04月11日

GWまで、3週間切ったが


GWまで、3週間切ったが

 今年のGW。結構、並びが良いんですよね。きっと、多くの方がレジャーに! と思っているのでしょうが、この震災で東北地方が受け入れるどころではない。
 
 今年のGWは、ボランティアで東北に! という流れができてしまうかもしれません。
 
 できてしまうと書いたのは、ボランティアを軽い気持ちで、レジャー気分に捉えてしまう方も少なくないのではと思ってしまったから。
 
 今、ようやくボランティアの方々が現地に入って、支援を始められたと聞きます。そして、人出不足という声を聞きます。かといって、レジャー感覚でひさしや避難場所に行かれるのは、大きな社会問題になってしまう。気苦労で済めばいいのですが。
 
 逆に、提案なのですが、被災地の方々をGWに日本の各地に旅行とは言いませんが、日本の各地に逆に被災者を呼んでリフレッシュさせてあげるという逆パターンはできないものでしょうか。GWを被災者のために...
 
 GWといえば、各地混雑していますし、それどころではないかきいれ時かもしれませんが、都内なんかは、道路も電車も比較的に空いている時期でもあり、どうかなと思うのです。石原都知事さんには、こんなアイディアもドンドンだして東京都ならではの支援をお願いしたいところです。
 
 我が家のGWといえば、例年であれば、奥さんの実家の新潟に帰省するのが恒例で、子どもたちも楽しみにしていましたが、今年はそれもなくなりそうです。
 
 地震の影響ではなく、子どもたちが少しずつ大きくなり、それぞれに予定が入ってしまうため。息子は、ドッジボール、娘クラブ活動など...
 
 この時期、だんだんと家族で旅行するチャンスは、なくなっていくのかもしれません。
 
 小生のビジネス的には、丁度、いいタイミングで仕事と仕事の切れ目がGWになることが想定されていて、久しぶりにゆったりと過ごせそうです。
 
 とは言いながら、毎年、何かが発生するのもGWなので気を抜くことができませんが。仕事柄、仕方ないことですので。
 
 我が家のGWも、どうなることか... このままでは、無計画になりそうですが、それも楽しいかも。映画観にいったり、ドッジボールの自主練習したり、外食したり、スーパー銭湯行ったりと、それなりに楽しく過ごせることでしょう。
 
 それでも、何かテーマを作ろうかな。震災支援について。夏に向けて、何ができるか。今、何をすべきか。もしも大地震が襲ってきたら、どう行動するべきか... こんなことを考えてみようかなと思っています。 
 
 GW。被災地の方々にとってもゴールデンな週になりますよう祈るばかりですが、我が家も思いっきりゴールデンな週にできればいいなと思っています。 

 






2011年04月08日

日本が、リスタートする瞬間は... きっとこの瞬間だ!


日本が、リスタートする瞬間は... きっとこの瞬間だ!

 地震被害、津波被害、電力不足、放射線被害...
 
 日本は、今までにないピンチに立たされています。
 
 でも、ピンチに立っている。こけなかったことが、大きなことだと思います。凄いこと。
 
 でも、このまま、ピンチのままでい続けるわけには行かない。東北は、東日本は、日本は、リスタートを切らなければなりません。
 
 小生が、考えるリスタートの瞬間とは...
 
 ずばり、街中から「節電中のため...」の張り紙が消えた瞬間。
 
 今もずっと、「節電中」という修飾語を付けて、電気を消してます。暗いです。営業中です。と、くどい位に張り紙が貼られています。 

 節電中? もう、これが当たり前にならなくてはならない。逆に言うと、節電中ということは、またいつかあなたは昔のように無駄な電気を使う気ですか? って思っちゃう。うがった見方かもしれないけど。
 
 もう、今の状態が、当たり前。昼間なら、照明がある程度暗くても、なんも不自由じゃない。これで十分。これが当たり前。そう、思えないのか...
 
 いつまで、張り紙を貼り続けるのか... また、依然と同様に電気を使い続けるのか...
 
 節電中のため... の張り紙が消えたとき、日本はまた動き出す。そう思います。
 
 

 






2011年04月07日

危険信号に反応できるか


危険信号に反応できるか

 世の中には、様々な危険信号があります。危ないこと、危険なことが来る前にその予知や前触れを感じることで対処したり予防できるわけです。
 
 最近、感じることがあります。それは、火災報知機。マンションでもホテルでも勤務先でも火災報知機はありますし、実際に鳴った経験は誰もがあると思います。
 
 小生も先日、出張先のホテルで火災報知機が鳴ったんです。「リリリリリリリリリリ...」
 
 どう、思ったか。
 
 きっと、故障だろう。
 
 初動は、明らかに様子見。いつもと変わらぬ行動を取りました。
 
 そのときは、どこかの部屋で、ドアを開けっ放しにしてシャワーを浴びていて、湯気が火災報知機に反応したものでした。
 
 よくあることといえばそれでですが。
 
 東日本大震災を目の前にして、考えなおすのです。
 
 火災報知機に、緊急地震速報、パトカーなどのサイレン... 危険信号と言われるものは身の回りにたくさん存在します。
 
 しかし、実際に反応して鳴り響いたとき。あなたはどう行動しますか。鳴っているのにも関わらず、様子見をしてしまう。無視する。誰かが騒ぐまで動かない。こんなことになりませんか。
 
 小生自身、実際にそうでした。でも、あの津波を考えた時、こんな甘い感覚でいいのかどうか。
 
 何のための報知器、危険信号なのか...
 
 こんな信号に対して、考え直すことができました。恥ずかしがらずに、行動する。行動できるかではなく、行動するんです。
 
 そう考えたとき、ビジネスでも同じことが言えるよなって。
 
 取引先の状態や仕事の流れの良し悪し、失敗する信号やうまくいかなくなる前兆。こんな信号は身の周りにたくさんあるんですが、気づかない、気づかないフリをしてたりしてしまう。
 
 どうも、危機感が薄れていることに気づく。
 
 危険信号、兆候、流れ... こんなキャッチできる情報がありながら、活かしていない。活かして否で済めば良いけれど、命を落とす、財産を落とすことを目の当たりにして、行動や考えを変えないのは愚か者といえよう。
 
 自分のみは自分で守る。社会では当たり前。この当たり前をもう一度、見直す。
 
 ”怖がり”と思われることが恥ずかしい? そんなんじゃ、身を守れませんぞ。
 
 
 
 
 







2011年04月06日

最後まで見届けられるか


最後まで見届けられるか

 仕事で、普段の生活でも、最初から最後まで全てを遣り通すことは、できないことでしょう。
 
 仕事では、役割分担し、部署があり、お金を得て利益を出すまで多くの人たちが一致団結して、仕事を分担して遂行します。
 
 普段の生活でも同じ。作業や仕事を分担するツールとしてお金があるのかもしれません。仕事や行動の価値をお金に等価交換することで、仕事を分担できる。
 
 自分が付けた付加価値をお金に変えて、別のもの・ことに交換する。当たり前のようで、よくできたシステムです。
 
 仕事では、入金されるまでが仕事とよく言われます。請求して終わりではなく、最後の最後まで気を抜かず、管理することが大事であると。
 
 これとよく似たことが、東北大震災の義援金、寄付、支援に見られます。
 
 自分の大切なお金やモノを日本赤十字社やマスコミや行政などに預けて使ってもらう。その動きは、とても大きく義援金が700億円以上も集まったというニュースを聞くと日本人で素敵だなとさえ思います。
 
 しかし、その一方で、義援金詐欺というニュースも聞かれます。
 
 許されない行為であり、憤りさえ覚えます。
 
 街中での募金活動、商店のレジ横にある義援金箱... 団体やコミュニティによる義援活動... 全てが、怪しくも感じてしまうのは私だけでしょうか。
 
 預けた、託した義援金や支援物資の数々、本当に、被災地の役に立っているのか。届いているのか。その行く末を私たちは、知りません。
 
 義援・支援の分業しているのです。
 
 うがった見方をすれば、預けた義援金が店員さんや義援活動をしている方にネコババされてしまっているかも。それを確認するすべがないのも事実。
 
 大切な義援金、支援物資だからこそ、信頼の置ける団体や組織に託さなければなりません。
 
 義援金詐欺も尊い気持ちを踏みにじる悪だと思いますが、そんな人や組織に託してしまった被害者にも問題がないともいえません。
 
 そう思わないためにも、思われないためにも、信頼の置けるところに託したい、託していただきたいのです。
 
 最後まで、自分の義援金や支援物資がどう流れていくか、どう使われていくか確認できないのですから!!
 
 大事な気持ち。そして、大事な仕事、大事なお金。信頼できる、安心できるところに託すべき。わけの分からない箱に入れて、終わりっていうことは結果的には成果に結びつかないこともあることを知っていただきたいし、肝に銘じて欲しい。仕事も同じ。取引、契約するときは、信頼できるkどうか、危ないと思ったら最後の最後まで気を抜かず管理し続けること。最後に成果を出すために!!
 
 
 
 
 






2011年04月05日

新入社員の皆さんへ


新入社員の皆さんへ

 新入社員の皆さん。入社おめでとうございます。このご時勢、入社を勝ち取ったことは大きな誇りかもしれません。ぜひ、大き第一歩を踏み出し、二歩目、三歩目を歩んでいってください。
 
 新しい道を歩み始めるこの季節。私も新入社員の頃の目を持って見直してみたい。
 
 ○ 稼ぐって、どういうこと?
 
 ○ 自分のビジネスの武器は、何だ?
 
 ○ これから何をしたいのか?
 
 ○ 自分にとって、入社した会社はどんな存在か?
 
 ○ 3年後の自分をイメージできているか?
 
 ○ 10年後の自分をイメージできるか?
 
 ○ 仕事以外で、楽しみ・趣味は?
 
 ○ 今、自分に足りないものは何か?
 
 ○ 仕事ってなに?
 
 ○ 礼儀を心得ているか、気にしているか?
 
 ○ 挨拶しているか? 無駄だと思うほど、挨拶しているか?
 
 ○ あなたにとってカッコいいとはどんなこと?
 
 ぜひ、時間の空いたときにでも、考えて今の答えを出してみてください。
 
 小生も44歳の今の答えを出してみます。
 
 そして、元気に、思いっきり、楽しく働こう!!
 
 
 
 






2011年04月04日

無駄って、不要?


無駄って、不要?

 無駄をやめよう。こんな言葉が多く叫ばれる。
 
 しかし、贅沢の中で存在してきた現代。無駄の中にこそ、利潤、利益が存在多く存在している。
 
 無駄の中に、潤いがあり、価値を生み出してきた。
 
 しかし、状況が変わった。無駄をやめよう。真理である。
 
 何が無駄で、何が有益なのか。
 
 具体化しようとした瞬間に、真理からかけ離れ私利私欲に覆われる。
 
 簡単に無駄というが、無駄とはなんなのか?
 
 何が無駄で、何が有益なのか。
 
 巡り巡って...と考えていけば、無駄ではなくなることも多い。
 
 無駄と有益の狭間。
 
 この一線を語らずして、無駄の排除はありえない。
 
 無駄って、ナンだろう...???
 
 
 






2011年04月03日

被災支援の実態の一つ


被災支援の実態の一つ

 無意識に作られる先入観と固定観念。
 
 例えば、都内の喫茶店や街中で、実際に大人たちがこんな話をしていた。
 
 「被災者をTVで見たけど、結構、きれいなもの着ているじゃない」 「何もしなくてもいいみたい。全部ボランティアがやってくれる」 「炊き出しのご飯を食べてみたいわね。おいしそうだし、タダなんでしょ」 などなど...
 
 会話が耳に入ってきてしまうときは、無性に悲しくなる。
 
 偏見かもしれないし、仲良しの友達と会話を楽しむための話題にしているだけかもしれない。でも、それでも、悲しく感じる。
 
 報道だけで知りえる情報は、実態のほんの、さらに一部の上っ面しか知りえない。それで、全てを知ったかのように話していることに、むしょうに苛立ちを覚えてしまうのである。
 
 (予め申し上げておくが、以下は全てがそうだということではなく、ごく一部の方々の先入観、固定観念ではないかと思いますが、気づいて点を...)

 そして、気づいたこと。
 
 被災して、ボランティアを受ける人たちは 「全員が」、「みすぼらしく」 「最低の生活を余儀なくして」 「笑顔なく」 「困り果てている」 はずだという先入観、固定観念。
 
 その色眼鏡を通してみるTVの映像などで、少しでも違うところがあると、「生意気だ」 「支援する必要がないんじゃないの」 「結構、いい生活なんじゃない」 となってしまう。
 
 実際の被災地、避難場所に行ったことがない人たち、マスコミからの情報だけ想像している人たちにとっては、ある意味でしかたないことかもしれないけれど、あまりにも勝手過ぎる言い分や会話に怒りさえ覚えるのである。
 
 義援、支援を呼びかけ、それに応える。とても、すばらしいことで、ありがたいことで、力になっていること。そして、多くのお金やボランティアが様々なサポートをし続けている。その一方で、偏見や間違って先入観、固定観念が邪魔をしている。
 
 ごく一部の方々だと信じたいが、被災された方々もいつまでも悲しみに打ちひしがれているわけにもいかない、普段の生活に戻ろうとしている。そんな過程では、当たり前のように、時には笑い声もあるし、お金を使う場面もあるし、普段の生活以上の食事や衣服を着ることもある。
 
 全てをひっくるめての長期的な復興なのだ。
 
 被災者が、時には偉そうなことを言ったり、横柄な態度を取ることもある。間違った、過剰や要求をすることもある。
 
 でも、それも全てが被災であり、復興のステップである。
 
 東北が、生まれ変わるとき。
 
 私たち、直接被災していない者が、どう手を差し伸べて、ともに復興の道を歩んでいけるか。
 
 一人ひとりが、”真心”をもち続けることが大事だと思うのである。
 
 偉そうなことを申し上げてきたが、被災者、支援者というそんな色分けが必要でなくなる日が一日でも早く来ることを祈るばかりである。
 
 







2011年04月02日


 野村克也氏が言ってた言葉。
 
 言葉尻は覚えていないが、こんな意味だったと思う。
 
 「人間だれでも欲がある。欲がなければいけない。野球で、ここで打ったらヒーローだとか、ホームランを打ちたいとか... でも、打席に入ってピッチャーと対した瞬間は、無心になる。欲が捨てられる。そんな瞬間があっていい...」
 
 欲は、あって当たり前。なければ向上しない。
 
 しかし、強欲ではいけない。

 そして、欲が行動のきっかけになる。行動していく中で、欲が浄化され忘れ去れることで、成果に結びつく。
 
 こう、小生なりに解釈した。
 
 儲けたい、利益出したい、かっこよく見られたい。評価されたい。こんなことがなければ、行動できない。行動には、大きなパワーが必要だ。そのパワーこそが欲なのだ。私欲でもいい。勝手な妄想でもいい。行動を起こすきっかけになれば。
 
 そして、行動する。仕事することでもあり、動くことでもある。行動しているとき、仕事しているとき、動いているときは、無心、無欲で取り組む。欲を捨てる瞬間。この無心、無欲の瞬間に、何かがはじける。
 
 欲は必要。でも、欲を捨てなければ成果が出ない。 
 
 そんなことを感じ、考えた。
 
 小生も欲も大事にしよう。そして、欲を捨てることも。 
 
 
 

  







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