WBI コンシェルジュのブログ
WBI とは、Working、Business & ICT。WBI コンシェルジュとは、働き方の見直し、業務改善、ICT活用の支援・相談役です。                                                                           
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2011年05月31日

3ヶ月の先のおいしい話しは、ないものと思え


3ヶ月の先のおいしい話しは、ないものと思え

誰もが経験ある話しだと思いますが、3ヶ月先の仕事の話しはないものと思え!

知り合いでも営業先でも同じ。2~3ヶ月後に、仕事があるんだけど... 2~3ヶ月後にお願いしたい... こんな言葉を真顔で言われても、頭の片隅にも置いてはいけない。

2~3ヶ月後は、具体的な先の期間ではない。

あるかもしれない...話しです。

おいしい話しであれば、期待しちゃいます。頭のどこかで計算しちゃいます。

でも、言っている本人すらどうなるか分からないから、2~3ヶ月後なんて言葉になっちゃう。

2~3ヵ月後に、本当に話しがやってきたことがどれくらいあったか...

もし、2~3ヵ月後にやってきても、そのときに今の仕事として考え始めれば済む話です。

怖いのは、頭の片隅でカタカタと計算してしまい、今から2~3ヶ月間の行動や思考が停止、もしくは加速度が減衰してしまうこと。

たかが、「2~3ヶ月先の話しだけど...」の話しが、迷い惑わされてしまうのが痛い。大きな損失。

「はい、話が決まったら、相談させてくださいね」って言って、忘れてしまいましょう!

時間の無駄ばかりでなく、パワー減衰の大きな要因です。

ビジネス、経営は、目の前の現実しか信用しない。キャッシュフローの考えと同じです。






2011年05月30日

WBI コンシェルジュ に!


WBI コンシェルジュ に!

お気づきの方は、いらっしゃらないでしょうが(笑)、ブログのタイトルを「ITコンシェルジュ」から「WBIコンシェルジュ」に変えました。

WBI コンシェルジュの Try ! & Error ?
http://blogs.itmedia.co.jp/itconcierge/

このタイトルでブログをはじめて、はや5-6年経つでしょうか...
小生のビジネスもIT → ICT → セキュリティ → ビジネス、経営 → 業務改善 と幅を広げて来れました。そこで、私のブログ上の呼称もITコンシェルジュからWBIコンシェルジュに変えようかなと。

WBIは、なんと読むか...お好きなように...(笑) 私は、ダブリュビーアイって読んでますが。

WBIに込めた思いは、Working + Business + ICT。ICTとは【Information and Communication Technology】。

Working=働く が最初にある! 今までは、働き方<成果 の文化でした。しかし、今からは違うと痛感しています。成果、結果を出すために、理想の働き方を犠牲にしてきた。今までは、それが通用してきた時代。

しかし、近い将来は... 親の介護、共働きによる子どもの教育の分担、パーソナル重視・尊重の考えなど、時間的な制約があらゆる社員に課せられその上で働かなければならない時代がやってきます。

夕方5時、6時には、家に帰らなければならない... 女性だけでなく、男性にもありうる社会です。既に、TVなどの特集番組でも放映されているので、見られた方もあるでしょう。TVだけの話ではないのです。

しかし、会社では、平気で夕方5時から会議...とか、下手すれば、人が集りやすい夜から打ち合わせなんてことは当たり前だった...

しかし、時間的な制約のある身になれば、「なんでそうなるんだ?」ってなる。このような文化の会社、勤務環境で、モチベーション高く働けるでしょうか。優秀な社員が、働きにくさから辞めていく... 若手の社員が将来に希望が持てずに辞めていく... 新入社員が入ってこない... という事態が数年後には間違いなくやってくるのです。

ではどうすれば...

考え方、ルール、環境を変えていくのです。その仕事が、WBIという言葉に込めているのです。

最近、特に、危機感を感じていらっしゃる経営者が増えてきました。在宅勤務、計画停電、事業の継続性というキーワードが目立ちますが、実は、働き方の問題が全てに共通しているのです。

取り掛かりは、経営者、経営陣、管理職の方々の意識改革です。

ぜひ、小生の話を聞いてください。そして、一緒に考えて行きましょう!!


SFJソリューションズ株式会社
http://www.search-firm.jp/sfjs/







2011年05月29日

【ドッジ】Facebookで、ドッジボール


【ドッジ】Facebookで、ドッジボール

ドッジボールは、正直マイナーなスポーツ、世界。だからこそ、このドッジにはまった大人たちは熱い!

全国に散らばっているドッジフリーク。

何とか、力を合わせて... 情報交換、交流したい。

そんな思いから、Facebookに、Dodge Ball Village ~ドッジボール村~ (Facebookページ)を開設!

まずは、全国の情報を集めたい! ドッジフリーク、いわゆる変態たちのために、 Dodge Ball Village People (非公開グループ)も。

何が起こるか、起こらないか... 融合するか、しないのか...

これからが、楽しみ!

まずは、一度、アクセスを...


Dodge Ball Village ~ドッジボール村~
http://www.facebook.com/dppmm/






2011年05月28日

一つの挑戦。試行錯誤。 Facebookを無理やり使ってみる!


一つの挑戦。試行錯誤。 Facebookを無理やり使ってみる!

ソーシャルネットワークサービスの代名詞ともいえる、FaceBook。利用する上で、とても便利な機能ではありますが、実際に情報を発信、交換したいと思った時にどう使えば良いか。ここで、大きな壁があるように思います。

個人でとして、ウォールに書き込んだり、他人のウォールを見たり、返信したりする利用方法から、特定ユーザ同士の交流や情報交換の場所にFacebookを利用しようと思った場合に、どうすればよいかという壁。それほど、高くもなく、厚くもないと思われますが、実際にやってみなければ分からない。

いざ、なにか始めたいと思った時にスタートしたのでは遅いという面もあります。そこで、試行錯誤の挑戦をしてみようと思ったのです。

単に仮想的なテーマを決めて、作ってみても良いのですが、どうせなら、具体的なテーマの方が良いだろうということで、今、プライベートで熱中しているドッジボールをテーマに挙げて、Facebookを活用してみようかなと思い立ちました。

大阪のドッジの先輩であり、ドッジの変態でもある方と構想を話していたが、「ドッジボール村」構想。ドッジボールが好きな人が村を想定した場所に集ろうということ。誰でも来て(アクセスして)、見られる「Dodge Ball Village」 のFacebookページと ディープな話題ができる特定のユーザ入れない 「Dodge Ball Village People」の非公開グループの2本立て。いわゆる、村民登録というイメージかな。

まずは、こしらえてみたというところ。なにぶん、マイナーなスポーツで、競技世代も狭い世界なので、どうなるか?

あとは、無理やりでも使い初めて、どう感じるか、何を欲しがるか、問題点が発生するか...を自ら検証。

ご興味がある方は、ぜひアクセスしてご意見いただければ幸いです。


Dodge Ball Village ~ドッジボール村~
http://www.facebook.com/pages/Dodge-Ball-Village-%E3%83%89%E3%83%83%E3%82%B8%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%AB%E6%9D%91/163018527051260

Dodge Ball Village People
http://www.facebook.com/home.php?sk=group_125595290854575&ap=1







2011年05月27日

社員が遊んでいる!?


社員が遊んでいる!?

会社のパワーは、社員です。その社員が集って、チーム、部署、組織となっていきます。会社は、ある程度以上の大きさになると、一人ひとりの社員に目が行き届かなくなります。だからこそ、管理職という存在が必要になります。

このことは、誰もが理解できる、当たり前のことでしょう。しかし、現実を見ると、このことからかけ離れた実態に目をつむっているのか、見えていないのか、この原則とは異なるものが存在しています。

チームや部署になると、会社としては、まず、そのチームや部署全体で評価するようになります。会社としては(経営者としては)、チームや部署の評価で終わり。個人の評価は、そのチーム長や部署長が行うことになります。

ここで、大きな見えにくい問題があります。そのチーム長、部署長自身が現場でばりばりに稼ぐ人になっているケース。ほとんどのケースで、そうなっていないでしょうか。自分自身で働いて、チームや部署を下支えしている。よく、プレイングマネージャーという表現を追加ますが、多くの会社、現場を見てきて、プレイングマネージャーが機能しているケースは、まずありません。

管理職としての管理ができていないのです。会社としても、管理=業績を上げること と勘違いしていることも多い、売上を上げていれば、全て良しとなっていることが多い。理想的な働き方をしていても売上が上がっていなければそれは、評価が上がらない。

社員の一人ひとりを見てみると、上司が忙しくしている、バリバリ働いているケースほど、遊びの時間が多いのです。つまり、チームでの仕事の場合、仕事は指示、命令で伝達され、報告、連絡、相談でリターンする。この繰り返しで進んでいくのですが、指示待ちの時間の多いこと、多いこと。

○指示された仕事が、結構早く片付いてしまう。

○報告、連絡、相談をしようと上司の元にいくが、上司自身が忙しくしていて声をかけられない、かけにくい、もしくは、そもそも上司がつかまらない。

○その先の仕事がなくなり、停滞し、時間を無駄に過ごすことになる。

こんな循環に陥ります。

無駄な時間が多ければ、モチベーションも下がります。上司は、テキパキと働けますが、若手社員はそうはいかない。そういう上司に限って、「なぜ、報告してこないんだ」って言いきっちゃう。

理想を言えば、管理職は、自分で稼いではいけない。社員を稼がなくてはならない。これが、管理。

今の職場。パソコンを触っていれば、仕事をしているように見えてしまう。

社員もつい、楽しちゃう。

これでは、数年後の主力となる社員が育たない...

働き方、職場の改善って、大事です。

社員を遊ばせないようにすることも大事な仕事。この認識から、始めないとなりません。


働き方改善
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2011年05月26日

笑顔が一番


笑顔が一番

 笑顔でいたい。笑顔で過ごしたい。
 
 今の実感です。ということは、逆に言うと、笑顔ができない状態なのかもしれません。
 
 笑顔になるこつ。
 
 それは、笑顔の素敵な人と会って、時間を共有すること。
 
 自然と笑顔になれます。
 
 作り笑顔でなく、自然な笑顔。
 
 小生も会いたいっていわれるような、自然な笑顔の持ち主になりたい。
 
 自然と笑顔になるということある。笑顔が幸せを生み出すとも思う。
 
 笑顔が一番。
 
 






2011年05月25日

在宅勤務というけれど


在宅勤務というけれど

節電がキーワードになりました。今夏もさらに節電の文字が世の中を賑わすでしょう。

その中で、働き方を変えることで節電に協力しようという動きが目立ちます。節電に協力というのは、名目的に思えますが...

在宅勤務については、様々な功罪が論じられています。企業ごとに事情も扱う情報も違うので、方程式のように画一的な意見に集約できないのが事実でしょう。

できる会社、すべき会社、できない会社、してはいけない会社とありますが、自分の会社がどうなのかを考えてみるには、いい機会です。といっても、経営者や管理者でしか考えるモチベーションは上がらないでしょうけど。

小生が、ここで言いたいことは、いかに指示待ち社員が多いかということです。

指示待ち社員にとって、在宅勤務はいかがなものか... 今まで以上に、的確に指示や相談ができなくなるのは明白だからです。

これは、事実の一つの側面。そこから、考えなければならないのが、指示だし上司の存在です。指示待ち社員が存在するには、指示だし上司が存在するからです。指示待ち社員を減らすことは、正直、不可能に近い。しかし、指示だし上司を改善することで指示待ち社員を減らすことは事実可能なのです。

仕事を一人で、考え、進めていける社員というのは、正直、数が少ない。若手社員というのは、仕事を覚えてく段階であり、指示を受けなければ進められないのが事実です。それを指示がなければ仕事が進められないのはおかしいなんて、理想論を言っている以上は、この事態を改善することができない。

事実、多くの若手社員ととことん話をしていると、1日7.5時間の勤務時間のうち、やることがなくて、無駄な時間を過ごしていると感じている社員がほとんどなのです。では、なぜ、そんな空き時間があるのか... 指示がない。指示された仕事が早く終わってしまった。ということ。では、なぜ、次の指示をもらわないのか... 指示を待っているというのだが、そこをとことん話し込んでいくと... 上司が席にいないので、指示を受けられない、上司の機嫌が悪い。上司が忙しそうに仕事しているので声をかけられない。以前、指示をもらいにいくと、仕事がないのか、関係のない仕事をいえない仕事を指示された、などなど... ほとんどが、上司に問題があることが分かってきたのです。

つまり、上司は、部下の面倒を正しく見られていない、見れないという事実があります。自分の仕事と部下の管理という2足のわらじをはけない人がなんと多いことか...

ここの管理者、上司の意識と働き方を変えない限り、部下は育たないし、効率が上がるはずもないのです。

生産性を上げること、効率を上げること、残業を減らすことは、、決して難しいことでも時間がかかることでもありません。着手のポイントを正しく捉えて、手を打つことで、あっという間に、経費を下げ、売上を上げることが可能になるのも事実です。これが、働き方の改善なのです。

働き方の多様性の中で、その一つの手段が在宅勤務です。

家で仕事をすることが、在宅勤務ではなく、どこでもきちんと生産性の高い仕事をすることが在宅勤務の前提条件でもあります。前提なくして、手段なし、その先もゴールなしです。


働き方の改善については、

SFJソリューションズ株式会社
http://www.search-firm.co.jp/it/

働き方改善
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2011年05月24日

業務改善は、働き方の意識改革!


業務改善は、働き方の意識改革!

最近の仕事のTOPICSとして、業務改善のご相談を受けることが多くなりました。業務改善と硬い4文字熟語ではうまく表現できないのですが、働き方の改善です。そこから、先方と話し込んでいくのですが、感じている課題と”知っているようで知らない課題”を目の前に出すと、非常に危機感を感じるようです。

感じている課題とは、お客様によって様々なのですが、知っているようで知らない課題を話し出すと目の色が変わります。

例えば... 今後、時間的な制約を受けながら働かなければならない社員が激増するであろうということ。子どもの送り迎えや急病対応や介護問題など。様々な要因が降りかかってくるのです。それは、奥さんがやることでしょ...て考えるのは10年前の考え方。今の世の中、男は働く、女は家庭といったスタイルは、激減している。共働きが当たり前になり、独身で一人っ子ともなれば、実の親の介護は否応なく自分の問題となって降りかかるくる。

となれば...残業できない... フレックスを使いたい... 自宅勤務したい... といった時間的、場所的制約を伴う社員が多くなっていきます。

若い頃は、仕事したいと意欲に燃えていても、30代、40代ともなれば、まさに、時間的、場所的な制約を受けながら仕事をしていかなければならなくなるのです。その社員の制約に、会社として、ルール、評価が対応しているでしょうか...

いくらルールで、いつ会社を出ても構わないとなっていても、他の社員が残業があたりまえの職場だったら... 評価が、残業こなすことを前提としたものであったならば... モチベーションは下がり、いずれは、会社をやめ、別の仕事に就きたいと考えるのではないでしょうか。

会社からすれば、働き盛りの社員が辞めていくことは、非常に大きな痛手であり、今はまさにリスクとして認識しているにもかかわらず、何も手が打てていないというのが実情です。

勤務時間の自由、勤務場所の自由を今から準備して、定着させていかなければ数年後にやってくる優秀な人材の退社の嵐に対応できません。

また、今の若い社員も働きやすさを基準に入社を考えているようです。働きやすさ、自由度のある勤務こそ、人財である社員をつなぎとめたり、拡充する大きな要素なのです。

この問題に対し、解決策の方程式はありません。この問題に対し、とにかく、経営陣、管理職陣、そして、社員の皆さんと話しこんで、問題を見える化し、一緒になって考え、同じ考えを共有することしかありません。

働き方の改善... 今の非効率な部分に光を当てて、セキュリティを確保しつつ効率的に変えていく。働き方は、千差万別。だからこそ、話し込んで、その道を見つけていくのですが、自らのルールを文化を変えることになりますが、これを同じ社員で変えることはまず不可能なことなのです。

だからこそ、外の人間と一緒になって考えていくことが求められる。これが、唯一の解決の方程式です。

この課題に対して、ピンと来るものがあれば、ぜひご連絡ください。そして、話し合いしませんか? 話込みませんか?

ご連絡をお待ちしております。


SFJソリューションズ株式会社
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働き方改善
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2011年05月23日

Facebook の実名性の高さからくる一つの傾向


Facebook の実名性の高さからくる一つの傾向

最近、Facebookが小生の周りでも使われ始めた気がします。コネクションサーチとか、友達検索などでも旧友やビジネスパートナーを多く見つけることができます。これも、実名登録ならではのものだと思います。また、ふとしたところから、友達申請を受けたりすることも少なくありません。

ある程度以上、知り合いがFacebookに登録しているとなると、その活用方法も多岐に考えられてきます。また、日頃の行動や動きなどがニュースフィードで知ることができることも、またふとフィードにコメントやいいねボタンで接点を作ることもできるのは、おもしろい。

しかし、その一方で、Facebookでコミュニケーション取れれば楽なんだけど、できないなぁと思われるグループと言うか属性と言うものもあるように感じます。

一つは、ビジネスとは関係のない地域のコミュニティやサークルなど。ほとんど、登録されていない。実名を公開するのを嫌がる傾向が強い属性の方々... だから、どうだこうだとは言えませんが、もしかすると、FacebookのIDを複数取得して、ビジネス用とプライベート用と使い分けているのかもしれませんし、実名ではなくニックネームで登録されているのもしれません。が、探しにくい、見つけられない...

もう一つは、大企業の人。企業でのルールがあるかもしれませんし、そもそも、会社のネットワークからFacebookにアクセスできないようになっているところもあります。それでも、なかなか見つけられない...

つまりは、ベンチャーや中堅企業以下、強いて言えば、個人のレベルのビジネスを展開している人はFacebookを使おうとする傾向が高い。プライベート中心の人は、Facebookではなくmixiなどを使う傾向が高いのかな... 大企業や公共性の高い人は、あまりFacebookを活用する必要性も感じないということでしょうか...

困るのは、情報を共有しようとFacebookを活用しようとして、共有したいメンバーの一部が、Facebookに登録されていないような場合。2度手間になってしまいFacebookの共有の利点が薄れちゃう。

堅苦しくなく、薄くコミュニケーションを取るようなものであれば最適なのでしょうが...

このあたり、Facebookに登録を強制させるのか、登録しなくても情報をコミュニケーション取れるような仕組みを考えるのか... 悩むところです。

Facebook、Twitter、mixi、Googleなど様々なソーシャルツールがありますが、ソーシャルというだけに誰が登録して、使用しているかが重要な要素ですね。機能が先か、集客が先か...

何かのコミュニティを作ろうとしたとき、その基盤をどこに置くかいつも悩みます。できれば、同じ基盤にしたいのですが...






2011年05月20日

賢くなるより、馬鹿になれ!


賢くなるより、馬鹿になれ!

 人は、賢くなるために勉強する。しかし、賢くなるってきりがない。上には上がいて、先を見てもゴールが見えない。
 
 しかし、賢くなりながら、馬鹿になれれば、強さを手にできる。
 
 賢くなりながら、馬鹿になるってどういうことか?
 
 ハチャメチャに、行動している人なのかも。考えるより先に、行動してしまう人。恐れを知らない人。恥ずかしさを感じない人。
 
 定義は、様々あるでしょうが、あいつは馬鹿だなぁと表現される人は、どこか違うのだ。人と違うことが、貴重な武器となる。
 
 賢くなって価値を得るより、馬鹿になって価値を得る方が早くて確実。でも、それは、馬鹿にならないとわからない。また、馬鹿になればその時点で馬鹿ではなくなっている。だから、馬鹿じゃないんだ!
 
 馬鹿になってしまえば、馬鹿でなくなる。馬鹿になったものだけか到達できるゴールがある。
 
 これを読んで、なにいっているのか分からんと思う人は、賢い人か、賢くなろうとしている人。
 
 でも、馬鹿はいや。馬鹿になって馬鹿でなくならないと。
 
 馬鹿、アホ、変態・・・ どれも一線越えれば褒め言葉!
 
 
 






2011年05月19日

自分の価値観、考えを理解してもらおうと思うな!


自分の価値観、考えを理解してもらおうと思うな!

他人を変えることは、なかなかできない。というよりは、自分自身以外の力で変えることは不可能に近い。もし、変えることができたのならば、それは奇跡と言えるだろう。

しかし、人は、ビジネスでもプライベートでも自分の価値観、考えを押し付けて理解してもらおうと無駄な努力を延々としてしまうもの。

ビジネスでの営業活動は、まさにこの戦いでもある。男と女の関係も似ている。

口説くという行為が、必要になるわけだが、押し付けではうまくいかない。

理解してもらうのではなく、正しい情報を与えて興味を持ってもらうという考えを持つと、営業方法も口説き方も変わってくるのではないだろうか。

できるならば、同じ価値観、考えを持った方と知り合う努力の方が建設的。

ただ、なかなか同じ価値観、考えを持つ人と知り合い、つながることも簡単ではないけれど。

同じ価値観、考えの方とグループを組んで、価値ある活動・行動をしていくことこそ営業活動かもしれない。

追えば逃げる、逃げれば追われる。これが、人の真理。

分からせることではなく、自分を振り向かせることに注力する。

言葉では、簡単に言えるけれども、なかなか実践できることでもない。だからこそ、やりべき、注力するべきことなのかもしれない。

これが積もり積もって、魅力ある人、かっこいい人になるものだと思う。

人は人。でも、その他人とのつながりで生きている。つながり方の難しさ...

つながりって、ナンだろう?

押し付けなうことではない。

見つめあうことかもしれない。

見つめあうには、まず見つめること。そして、理解しようとすること。すると、ようやく理解され始める。

どんなに価値あるものでも、伝える人、伝える方法によって、伝わる価値が変わる。

伝えるのではなく...見てもらう。







2011年05月18日

躾や教育は、一瞬では伝わらない。だからこそ...


躾や教育は、一瞬では伝わらない。だからこそ...

躾や教育、また、これに限らず伝えたいこと、教えたいことは、一瞬で伝わることはないそうです。これは何を意味するのか。

怒鳴ったり、叱りつけたり、罰則を与えたりすることは、一定の効果はあるものの、躾、教育と言う面では意味がないばかりか、逆効果になってしまうといいます。

怖いからやる、やらない。嫌なことをされるからやる、やらない。という本来は、した方がいい、やるべきだから、しなければならないことだからという判断基準ではない別の基準が植え付けられてしまう。

ここが、伝える側の難しいところ。もちろん、人ですから感情も思惑も面倒くささもあるわけで、感情を完璧にコントロールできないなりに、どう伝えていくか、伝えることをどう演出するかが大きく問われるわけです。

躾や教育では、親や先生、大人の長く身近で接する時間が大きな影響を与えます。普段、日頃の行動や言動、仕草などから多くのことを得るのです。けっして、一瞬の叱責、怒鳴り、脅迫(**しないと、**してあげないよなどの言葉)では、まともな判断基準を得てもらえない。

怒鳴るの、叱りつけずにどう伝えればいいか。完璧な方程式はない。評論家などは、理解に努め、褒めて育てるなんて簡単にいうけれど、それはできっこないと思うのです。叱るのも、怒鳴るのも自分自身であること。ただし、上記のことを理解して、他の方法がないかどうかを考えた上で、もしくは考える余裕もないままで怒鳴ったり叱るのは仕方ないかなと思うのです。

そして、怒鳴ってしまった後、叱ってしまった後、自分自身と相手を振り返る時間を作ることが大事かな。そこで、フォローが必要であればフォローし、改善があれば反省する。ここから、始めないと...

ただ、言えることは、一瞬で躾けることも、伝えることもできっこないということ。

どう、伝え、理解してもらえるか... 長い時間と戦略が必要なんだなと思うのです。







2011年05月17日

偉そうなこと言っても


偉そうなこと言っても

小生は、人であり、男であり、夫であり、親であり、ビジネスマンであり、社会人であり、経営者であり、住民であり、国民でもある。

様々な立場を持っていて、それぞれに責任や役務がある。

ときに、偉そうなことを言うが、それぞれの立場に取ってみれば、上を見ても下を見てもきりがない。小生は、小生であり、小生でしかないのだ。

よくなりたい、見習いたい、かっこつけたいという気持ちもある反面、うまくいかない、なぜ分からない、理解できないといった感情も持ち合わせる。

ここに、心にギャップを感じるのだ。

ギャップは、ストレスとなる。不安定な状態だから。

かといって、簡単にギャップが埋められない。

自分は自分、今の自分がここにいる。このことを受け入れるしかない。

受け入れられたら、少し気が楽になる。

偉そうな事を言う自分。うまく言っていない自分。全てが、今の自分。

言いたければ言えばいい。悔しかったら、悔しがればいい。それでいい。

でも、今の自分に満足していないのだから、そこからギャップを見つめ、埋めていけばいい。それだけ。

表現することを、拒んではいけない。ただ、表現する方法は、考えないといけない。やりたいことはやればいい。でも、どうやっていくかを考える。考えずにやってしまうのは、子どもと一緒。

何をやるべきかを考えればいい。考えて思いつけば、どうやるかをまた考えればいい。そして、やってみようと思ったら行動するだけ。

何かのせいにして、やらないように閉じ込めるのがよくない。

失敗したって、つまずいたっていいんだよ。

それが、今の自分なんだから...

そう考えれば、成長できる。いくつになっても...







2011年05月16日

正解なんかない! 誤解は、互解で、悟解なのだ


正解なんかない! 誤解は、互解で、悟解なのだ

物事に、正解なんかない。クイズじゃないんだから。

人それぞれ、持ち得る情報も周りの環境も経験も違う。考え方や感情が違うのが当たり前。つまり、みんなそれぞれの考え方をぶつけ合ったり、分かり合ったり、自分の考えを押し殺したり、貫き通したりしながら、歩んでいる。

誤解?

違う。お互いを分かろうとする互解なんだ。

そして、解を悟ろうとする悟解なんだ。

意見や考えが、ぶつからなければそっちが不自然。

ぶつからなければ、相手の本音が分からない。

まぁ、ぶつかり方ってのはあると思うけど。

うまい人は、うまくぶつかって、触れてかな? 調和を取っていく。

下手な人は、ぶつかり合って、損傷してしまう。

主張することも妥協することも大事な要素。

だって、互解で、悟解なんだから。

そう思えば、ものごとが楽しくなってくる! そんなことはないか...(笑

でも、一つの考え方。気が楽になるってもんだ...







2011年05月14日

家族組織の意志決定


家族組織の意志決定

 家族といえども、組織の一つである。しかも、とても大切で、破綻したくない存在である。
 
 家族には、それぞれの構成員と役割と責任がある。百の家族があれば、百通りの関係があるとも言えるでしょう。
 
 我が家の場合、小生と奥さんと中二の娘と小四の息子がいます。
 
 最近では、各メンバーが、それぞれ個の意思や主張、状況、環境が異なってきているのが、顕著な動きです。
 
 そのために、家族としての意志決定方法や投資額、投資方法も変化してきています。
 
 家族としての影のCEOとして、どう各プロジェクトを回していこうかと苦慮することが多くなりました。
 
 できれば、各メンバーの主張を取り入れたい。予算と経営方針(?)とリスクを天秤に掛けて、進めていくわけですが、現場の判断は奥さんが担当しています。奥さんは、表のCEOであり、実際は部長かもしれません。
 
 娘や息子は、時には主任であり、時には担当であり、時には不良社員でもある。(笑)
 
 感じるのは、変化。家族内、組織内、そして、環境の変化が激しいこと。少なくとも確実に、一年単位で変化していきます。小生自身も。
 
 いかに、管理者、経営者、責任者として、その変化に対応できるかが、信頼を勝ち取り続けることで重要であるか。
 
 家族、家庭といいながら気が抜けないのである。
 
 日頃の情報収集と程よいコミュニケーションをとり続けること。
 
 そして、ここからまた、ビジネスを省みて、実践できているかの反省。
 
 ビジネスとプライベート。
 
 どちらも組織。
 
 立派でなくてもいい。破綻させないプロジェクト運営をしていきたい。これが、本音。時に、激しくぶつかり合いますが、これもコミュニケーションの一つ。変化に対応するには、ぶつかり合うことで変かを知る。
 
 変化とは、ぶつかり合い。
 
 このことを痛感する次第です。
 
 ビジネスシーンでのぶつかり合いを無意味に避けないことも。






2011年05月13日

速さと平等


速さと平等

東日本大地震の被災支援で、問題となった2要素。素早く... 平等に... この2要素の両立が問題となって現実問題となりました。

どちらも大事な考え方。そして、どちらも政治が仕切らなければならない考え。

これが、一私的企業内の問題だったらどうだろうか...

全ての社員、従業員に平等に、オープンに、公正なルールは、一見当たり前に求めるものだろうが、完璧なルールは存在しないことを知っている。もしくは、完璧なルールは、破綻するものであると。

速さは、目に見えてしまうが、平等は、ある意味で見にくい、見なくても良いものなのかもしれない。平等だろうという曖昧な部分がある方がうまく行くことが多い。不思議なものである。

そもそも、企業の評価なんて、平等であるはずもない。建前と本音をみんなが理解しているから、企業、組織が成り立つものなのではないだろうか。

しかし、政治となると話は別である。

平等性を公開、オープンにしなければならない。だから、政治と経営は異なる。

先日の都知事選挙戦でも、政治に経営をとキャッチコピーにした候補者がいた。今までにない考えだったが、残念ながら落選した。有権者もどこかで政治と経営は違うものと思っていたのかもしれない。

「平等は、平等にした瞬間に平等でなくなる。」

こんな考えもある...

不平等、平等をいかに納得させるのかが、政治ともいえる。

そこには、希望がなければ納得しない。

速さと平等。この背反する2要素は、経営でもビジネスでもプライベートでも大切なものの見方である。







2011年05月12日

管理とは、使われるという側面もある


管理とは、使われるという側面もある

 管理するとは、どうしても能動的なイメージで捉えがち。人、もの、金、時間、情報を管理する。するという言葉がつくので、どうしても、主導的に、主観的に行うものであると思いがち。
 
 しかし、それだけでは、なかなか優秀な管理者にはなれないことが分かってきた。
 
 特に、チーム、組織を管理するにあたっては、管理する一面のほかに、管理者として使われることも必要な要素である。
 
 管理対象の全てを把握しきれないのが現実。となれば、目の届かない部分が生まれる。ここが、リスクとなる。
 
 能動的、主導的な管理手法では、このブラインドをいかに見つけ、対処するかがポイントになるが、なかなか、うまくいかない。
 
 そこで、メンバーからの行動や報告を通じて、気づかなかったリスクやブラインドの部分を知ることが求められる。これには、管理者が、管理者として使われることを意味する。
 
 使いやすい人、接しやすい人、、相談しやすい人、一緒にいたい人という一面が、大きな武器になる。
 
 そこには、日頃の行動や考え、仕草、言動が源となる。管理者は、管理者としての権限が備わっているのであるから。
 
 管理しながら、管理者として使われる。もちろん、判断は都度都度していくのであるが...
 
 こんなチームや組織がうまく行きそうな気がする。立派な管理者であれば、その威厳で統制を取ることができるだろうが...
 
 小生も使われながら、管理の勉強をしていかなければ... 日々勉強である。
 
 
 






2011年05月11日

時間の流れ方が価値観を決める


時間の流れ方が価値観を決める

小生の先月と今月の時間の流れ方は、大きく異なる。予定の入り方や環境の違いから、仕事の取り組みや過ごし方が異なるのだ。

小生の感じ方、捉え方が変わるのがよくわかる。今、何が大切なのか、何をしたいのか、何をしなければならないのかが変わる。

この変化って、大事。刺激と言ってもいい。ただ、刺激を刺激で終わらすか、きっかけにするかは、大きな違い。

普段、考える内容や傾向を変えることは、なかなか難しい。気づきにくいのだ。自らの価値観にしたがって、思考するから。その価値観の変化なくして、新しいアイデイアは生まれない。価値観が変わるきっかけを多く持つことは、多様な思考を作り出す。

様々な経験と言ってもいい。経験を今に、将来に活かす。

時間に流されるか、それとも、時間の流れを見極められるか。

小生の今月が、怖くもあり、楽しみでもある。






2011年05月10日

疲れた...


疲れた...

 疲れたって言葉、嫌いです。できれば、使いたくない、言って欲しくない。そんな言葉です。
 
 疲れってなんでしょう。”飽き”かもしれません。興味なし、関心なし、やる気なし。かもしれません。
 
 だって、楽しくて、おもしろくって、やりたくってしかたなかったら、疲れを感じることはないでしょう。百歩譲っても、「疲れた...」っていう言葉は小生は出てこない。
 
 もちろん、年齢や体調によって、疲れることもあるでしょうが、それと「疲れたぁ~」という言葉に出ることとは違うと思うんです。
 
 疲れたという言葉で表現することは、取り組んでいることに対して侮辱していることともとらえられるかも。
 
 だから、疲れたという言葉は使わない。
 
 大人なんだから、年齢や体調からくる疲れは、計算して対処すべきもの。
 
 疲れた... それは、やる気がないということ。それだけです。
 
 
 






2011年05月09日

備え続けて


備え続けて

 ビジネスにおいても、備えは大事な要素。
 
 失敗が許されない場面や状況、事態は、ビジネスでも多く存在します。
 
 特に、キャッシュフローでは、失敗が許されない... キャッシュフローを回していくために、数ヶ月先、1年先までの見通しがなければ、すぐに行き倒れてしまう。
 
 そのために、多くの備えをするわけだが...
 
 備え続けても、供えにならないときも多い。かといって、備えることを止めた途端に破綻が見えてくる。
 
 今を稼ぎながら、数ヶ月先、1年先を考えて、行動することは、まさに、異次元空間と思えるときもある。しかし、人が呼吸するのと同じように自然と行えるようにならないと、ビジネスは回っていかない。
 
 いくつかの希望が見え、そして、いくつかの希望が消えていきながらも、今につなげていく。
 
 これもビジネス。今と先。異次元のビジネス。
 
 両方が駆動して初めてまっすぐ動き出す。
 
 さ、今日も休む暇はない...  かな?






2011年05月07日

遠近両用眼鏡をかける年になったもんだ...


遠近両用眼鏡をかける年になったもんだ...

 自分も老眼が少しずつ自意識できるようになってしまった。最近の名刺は、デザイン重視で、文字が小さいものがすくなくない。はっきり言って、見えない。眼鏡をかけていながらも目を細めるが、読めない。そんな状態が続いていた。
 
 だいぶ前だが、100均で、老眼鏡を買ってみた。眼鏡の上から老眼鏡をかけてみたら... 見えなかった小さい文字がくっきりはっきり見えるではないか... まさに、老眼の始まりを自意識できた瞬間だった。
 
 しかし、老眼鏡を隠して持ち歩くようになったが、いざ、それを取り出してかけるのは面倒であって、取り出すことはめったになかった。
 
 そして、先日、ふと、眼鏡チェーン店に立ち寄ってみた。軽量でフレームがばねになっている眼鏡を手に取ったときに、買ってみようかなと衝動が駆け巡った。それほど、高価なものではなかったので、衝動買い。今の眼鏡の度と同じにして注文した。小生の場合、右目が乱視、左目が遠視。今でも時々気分によって、眼鏡をかけ分けているので、その選択肢を一つ増やすような気分だった。
 
 店を出て、ぶらぶらしていたら、ふと思いついた。そうだ、遠近両用にできるだろうか。どうせ、眼鏡を買うなら...とお店に引き返す。
 
 店員さんに相談して、遠近両用レンズに取り替えてもらう。今の眼鏡は1枚のレンズで境目もなく、他の人にはばれない(笑)。この思い付きからの行動が、大きな変化を生み出すこととなる。
 
 1週間後、眼鏡が完成し、取りに行く。そして、かけてみて、見本の新聞を覗き込んで見ると... 文字がくっきり!はっきり! 携帯電話の小さな文字も! もちろん、名刺の小さな文字も。
 
 これぞ、眼鏡だよ! と思った。
 
 これで、普段の生活で大きく困ることがなくなる。
 
 小さな感動... 大きな変化...
 
 数日経つと、前の眼鏡をかけなくなった。そしたら、もう1本。遠近両用の眼鏡が欲しくなってきた。そして、先日、2本目の眼鏡を注文しに行っていた。スポーツタイプの眼鏡。
 
 久しぶりに、本当に買いたいものを買い物したという気分。
 
 もっと、はやく遠近両用にしておけばよかったなぁとも思う。
 
 年の経過に少しだけ気持ちが追いついた。でもまだまだ、自分は若いと思っている一面もあるが、無理せずに...自然に...追いついていくだろう。
 
 






2011年05月06日

夢中になることで、見つかるもの、失うもの


夢中になることで、見つかるもの、失うもの

 人は、夢中になれるものがあれば幸せだという人が多い。特に、仕事以外で、夢中になれるものを探せという。間違いはない。 と思う。
 
 ただし、夢中になるにも大人としての行動や配慮も必要になってくる。ここのところを踏まえないと、失うものが多くなってしまうので大人の社会。
 
 とかく、夢中になっているのは本人だけであり、家族を含めて他人は、結構冷ややかな目で見ているものである。
 
 つまり、価値観が異なってくるのであるが、それに気づきにくい。だからこそ、夢中なのである。夢の中...
 
 人は、多くの社会を重なり合わせて、存在している。一つの社会を優先することで、その他の社会をおろそかにしてしまう。うまく、複数の社会を成り立たせていければいいのだが、夢中になっているとそれができにくくなる。
 
 つまり、夢中になるなということ。言葉の遊びだが、熱中しても夢中になるな! 夢の中に突入してはいけない。夢の中に突入するときは、他の社会を忘れられるときだけ。
 
 夢中になることで、見つかるものもある。しかし、その一方で失うものもある。
 

 






2011年05月03日

【ドッジ】大人もドッジボール


【ドッジ】大人もドッジボール

 40の手習い。まさに、44にして、新しい世界に飛び込みました。
 
 ドッジボール。そう、小学生の頃、体育の授業で行ったドッジボールです。
 
 ソフトバンクの最新のCMでも、ドッジボールを取り上げて頂いています。
 
 体育授業で行うスポーツとは別に、公式ドッジボールというルールがあります。協会もあります。全国大会もあります。
 
 主流は、小学生。とはいえ、正直、野球やサッカーに比べるとマイナーなスポーツかもしれません。
 
 ドッジボールの世界に飛び込んだのは、やはり、当時小学3年生だった息子。家の近所に、公式ドッジチームがあり、そこに入団したのがきっかけ。
 
 そして、小生は、その保護者としてドッジを知ったのでした。練習見学、試合見学、大会見学... 徐々に、ドッジの魅力にとりつかれ... 大阪の強豪チームの監督さんとなぜかドッジ談義に花を咲かせ、ますますドッジの変態度がアップ。
 
 ついには、公式C級審判の資格を取り、笛を吹くことに...
 
 それでも飽き足らず、自ら大人のドッジの世界に飛び込むことにしました。
 
 ドッジには、小学生男女混合チームが主体ですが、小学生ガールズや、一般の部や一般のガールズの部などもあり、試合や大会で盛り上がっています(マイナーなので、一部で)。
 
 公式ドッジの経験のないおじさんなので、経験者の中学生や、高校生などに、かなうわけはない。でも、息子のチームには、OBチームがあり、そこには、おじさんチームもある事を知り、幸いなことにお誘いを頂いたのです。
 
 息子と同じことで夢中になれるという親としては、この上ない幸せを感じながら、でも、恐怖心や不安を戦いながら、足を踏み入れました。
 
 なるようになる。なるようにしかならない。入らなければ始まらない。そんな言葉を自らに言い聞かせて...
 
 そして、練習に初参加。震災の影響もあり、長い間、練習できない状況でしたが、少しずつ平常を取りも戻しつつある中での初練習。
 
 正直、若者、学生のアタックや動きには、ついていけませんが、それでも、自分なりのドッジのがあることも発見。それなりに思いっきりアタックにきたボールをキャッチすれば、それはうれしいものです。
 
 息子の様子を見ているだけだったのが、その実感を味わえる。
 
 恐怖心に打ち勝たないと、キャッチできない。
 
 キャッチできたという事実が、恐怖心を打ち破った証拠になる。そして、それは、紛れもない事実であること。胸と腕でのボールをキャッチした感触がたまらない。
 
 これ以上語ると、きりがなくなるので...
 
 保護者 → 公式審判 → 選手...
 
 それぞれが、独立していて、奥深い世界が3つも味わえるなんて...
 
 そして、この3つが入り混じったのが今年のGW。
 
 GW後半も、ドッジを堪能できそうです。
 
 
ドッジボールに熱狂する小学生を応援するパパ・ママのための応援サイト
http://dppmm.jp/

#dppmm
 






2011年05月02日

うまくいかないとき


うまくいかないとき

 大人になれば、行き当たりばったりで進むことはせず、計画を立ててから行動することが当たり前になってきます。
 
 しかし、計画通りに進まないのも世の常です。
 
 そんなとき、どう考え、どう行動するか。
 
 うまくいくまでやり続ける。
 途中で、諦める。
 別の目的に向かう。
 別の方法で実現を目指す。
 
 どれも立派な選択肢。
 
 このどれを選択すればいいかは、ケースバイケース。
 
 成功の方程式なんかあるわけない。
 
 でも、自分の選択しがちな選択肢というものはあるはずです。
 
 小生の場合は、まずは、とことん、やり続ける。それでも、うまくいかない、時間がなくなる。先が全く見えなくなる。と頭の別の部分で判断したら、別の方法がないかどうか探し始める。そして、今のやり方と別の方法とどちらが最適化をまた、頭の別の部分で考える。そして行動の選択をし続けていく。今のやり方を続けると言うのも、それを選択しているという意識で。
 
 決して、諦めたくないという気持ちが強い。
 
 ただ、やり方に固執しない。結果が同じであれば、別のやりかでも構わない。それが、お金や時間が余計にかかろうが。
 
 うまくいかないのは、うまくいかない方法をしているだけと考える。うまくいかないのは、目的が間違っているとは考えないで...
 
 







2011年05月01日

社会にも様々な社会があるわけで...


社会にも様々な社会があるわけで...

 私たちが、生きていくにはなんらかの社会の中で生きていくことになります。様々なな社会があり、複雑に絡み合いながら、自分自身がそれぞれの社会で存在していくことが生きがいにも、やりがいにもつながっていきます。
 
 一つ大切なルールがあるとも思うんです。それぞれの社会は、独立していることが多く、他の社会の先入観とか、地位とか、立場とか、経験とかを一切関与しない、させないというルール。
 
 年齢も、役職も、職業も...
 
 それが、大切なルール。
 
 でも、大人って、頭では分かっていても、感情で分からないことが多いんですよね。だから、それも分かっているから、新しい社会に入りにくい、入りたがらないということつながってくる。
 
 また、新しい社会に入るときには、ある意味で積極的に、意識的に入り込むと言う行動を取らなければならない。最初のうちには、大人の礼儀として、新しい社会に入ってもらおうと行動してもらったり、言葉をかけてもらえるだろうが、その新しい社会での存在感を示すには、そのきっかけを利用して、自らの積極的な思考や行動や言動が必要になってくる。これを意識的に行わないと、社会の中で浮いた存在になってしまいがち。
 
 新しい社会に入りたてのことこそ、積極的になじもうと、溶け込もうとしたい。
 
 でも、それって、なかなかしにくいことでもある。余計なプライドとか、恥をかきたくないという心理があるから。
 
 それを一時、脱ぎ捨てられることができる人は、積極的な人。アクティブな人。
 
 でも、積極的、アクティブは、自分自身のために使える人。そして、巡り巡って、他人のためにもなる。
 
 最初の勇気!
 
 それを大切にしたい!!
 
 
 
 
 







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