WBI コンシェルジュのブログ
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2011年12月29日

きつい2011年でした


きつい2011年でした

2011年。もう、年の瀬。正直、きつい1年でした。小生だけでなく、今年は多くの方が辛酸をなめたことだと思います。

細かい情勢や思いは、ひっそりと自己分析、自己解決するとして、こうして、なんとか年の瀬、新年を迎えられることに感謝と達成感を感じるのです。

特に、夏場...

仕事の内容が変わり、環境が変わり、先を見れば不安ばかりの日々。

まぁ、今でも、昔も、この先も大して変わりりませんけどね。

今年は、人と会うということをテーマに掲げて動きました。夏、厳しい時も人と会うをテーマに掲げ続け...

人にもいろいろといるなぁというのが学んだことでしょうか。

誰と会うか。どう会うか。どうなつなぐか。これが大事。下手な鉄砲数打ちゃ当たるの戦法では、うまくいかない。引き返さなくなるのも、人である。

つまり、出会いをどうプロデュースしていくかが大事。

出会いを単に名刺交換で終わらすか、きっかけにつなげるかは大きな違い。そこに、意図や狙いを埋め込まないといけない。

かと言って、埋め込むのも簡単じゃない。だから、うまくいかないことが多い。

今年、きつい時期をなんとかやりこせたのも人とサポート、力があってこそ。直接的な売上や契約増加ではありませんが、心の支えというか目に見えない柱ができたようなことが踏ん張れた要因だと振り返ると思います。

今年のトピックス的には、頭の下げ方、自分の見せ方。

しゃにむに頭を下げればいいってもんじゃない。かといって、頭も下げずに高飛車にいても仕方ない。自分の見せ方、魅せ方を考えながら、依頼、お願い、要求することを考える。切羽詰る前でなければ、プロデュースなんてできっこないですから、やはり、先々を考えて行動しなければならない。

誰かが言ってました。社長は、頭を下げることが仕事だと。

つまり、仕事を作り、責任をとることだと...

先が少しでも見えるとやっていけるもんです。それが、確実なものでなくても、構想でも計画でも。

そのために、誰と会うか、どう会うか、どう頭を下げるのか、どう魅せるのか、そして、どうアウトプットを返していくのか!

人と会う。 簡単そうでむつかしい、でも、避けられない行動。

来年も人と会う。これを継続テーマでやっていくつもりです。







2011年12月28日

今年も夜警、火の用心の当番が回ってきました


今年も夜警、火の用心の当番が回ってきました

年末ですね。小生の地元では、ボランティアでチームを組んで年末の夜警というものがあります。拍子木叩いて、「火の用心」というやつです。

日頃、地元の方々と接することはあまりないので、世間話をしながら街中をくねくねと歩き回るのは結構楽しいものです。もちろん、この時期ですから寒さ厳しいのは承知の上ですが。

地元に生まれて45年。見ているようで見ていない。地元の変化を感じることができるときでもあります。あれっ、こんなところに新しい家が建っている。こんなお店ができたんだ。あらら、空き地になってる。とか...

秋、祭礼で神輿や山車で練り歩いた数ヶ月前ともかなり違う印象になっているから、社会の動きなんてあっという間だなって思えます。

気づくのは、クリスマスイルミネーションをしている家が激減していること。やはり、震災、節電の影響でしょうね。でも、そんな中、光る家、サンタクロースを見かけると、なんだかほんわりします。

我が家も年末は、大きな変化があります。引越しです。新居というか実家ですが、リフォームも終盤を迎え時々見に行きますが、着々と進んでいます。引越しは、来年早々の予定にしていますが、変化というのは身が引き締まりますね。というよりも、小生は、大きなプレッシャーに押しつぶされすですが(苦笑

そして、年末、新年を迎えられることに感謝する日々です。

今年は特に、厳しい1年だったと痛感する年だった。まだまだ、厳しい、苦しい日々が続きますが、新年を迎えられることでまた気持ちを新たに頑張れそうです。

地元を練り歩きながら、今年1年を一人で振り返るのも毎年の恒例のこととなりました。

寒さ、冷たさも日本の冬ですからね。

特に今年は、様々な変化が起きてしまった1年でした。幸いにも、小生や小生の身の回りは、まだまだ変化の影響が小さかったのかもしれません。それでも、家族一人一人思いが違いますが考えさせられる1年だったと思います。

引越ししようと決断したのも、今年だったからかもしれません。

今年、多くの方々のお世話になりました。ありがとうございました。そして、また、来年もお世話になりながら、やっていきたいと思いますし、お返ししていける年にしなければと思うのです。

今年の振り返りは、また別の機会にあらためて行いたいと思いますが、夜警をしながら今年を感じるのです。







2011年12月27日

あなたの特徴はなんですか?


あなたの特徴はなんですか?

社会の荒波の中、渡り合って、生き抜いていくために、個性が必要だとよく言われます。あなたの特徴、あなたが自慢できること、あなたならではのこととはなんだろうかと考えてみたい。

仕事ができる、できないというのも一つの個性、特徴なのかもしれないし、仕事ができると言っても、その中身は千差万別。


だからこそ、個性が活きる。しかし、自分の個性、特徴を知らない、自覚しないのはもったいないこと。もちろん、自分に意識する個性と他人から見た個性は一致しないものだけれども。

素直である

人より頑張れる

笑顔が絶えない

頼まれやすい

計算が得意

文章を書くのが得意

長い時間集中できる

ミスが少ない

頼まれれば断らない

相手の気持ちが理解できる

相手への配慮を絶やさない

自慢しない

自慢できるものがある

体力には自信がある

繊細な作業が得意

どんな仕事でも取り組める

いつも楽しい

常識がある

年上から可愛がられる

年下から慕われる

相談を受けることが多い

人と会うことが好き

初対面の人でも長時間話すことができる

顔が広い

真面目

遊び心がある

子どもが好き

知識が豊富

趣味がある

積極的

慎重

涙もろい

ゴルフが得意

達筆

などなど...

言葉にできる特徴とか個性をいくつか持っておく、知っておくことってとても大事な気がします。

他の大勢と一緒では、つまらない。自分らしさって何だろうって。他人からみた自分と自分が見た自分のギャップも知れれば面白い。

自己紹介するときの修飾語! さて、あなたはどんな言葉が付きますか?

えっ、私ですか? それは、内緒です...(苦笑







2011年12月26日

電話... それは、切ない思い出


電話... それは、切ない思い出

いまや、1人1台の時代。電話が使い方、価値と言うものも変わりつつあります。

小生が、学生時代と言えば、かれこれ30年前... 電話は、唯一のリアルな連絡手段でした。一家に1台があたりまえ。だからこそ、辛い思い出も、切ない思い出も、楽しい思い出も遠い昔に置いて来た気がします。

好きな女の子に電話するために、夜、駅の公衆電話ボックスまで走って行って、テレフォンカードの数字が減っていくのを見ながら話をしていたときもありました。

喧嘩して、謝りの電話で、逆にまた怒ってしまったり...

合格発表の結果を家族に電話で伝えた瞬間...

そう言えば、仲間同士で連絡を取り合うために、ポケベルを持っていた時期もあったっけなぁ...

彼女に電話するたびに、相手の親の関門を通らないといけないことも懐かしく思いだされます。

コードレス電話や子機が普及し始めて、自分の部屋で小声で電話することも... 翌朝、何時間電話してるんだって親に怒られたり、電話の請求書をわざとらしく見せられたり... 今思えば、受話器を通して切ない思いを満たそうとしていた気もします。

そして、現代。メールが当たり前になり、携帯電話も1人1台になり、いつでもどこでもリアルに話せる環境ができました。

小生の思い出とは、違うストーリーが生まれ、育まれていると思いますが、小生には、なかなか想像ができません。(笑

そして、声や文字は一人歩きするようになり、隠せない、隠しきれない時代とも言える現代。過去すらもあぶりだされてしまう社会をどう歩んで行けば良いのか...

便利さと不便さが同居。しかし、これが当たり前の社会。

自らの価値観や想像力を変えていかなければ生きていけない社会とも言えます。

電話がいつのまにか、ケータイになる。

子どもの頃のあの黒電話。ジーーコジーーコと回した思い出もさらによみがえってきました。

そう言えば、電話加入権... 7万円とちょっとした記憶がありますが、あれって、返してももらえたんでしたでしょうか? それとも、いつの間にか、なくなってしまって返してもらえていないんでしたでしょうか? (笑

電話番号も昔は、20も30も覚えられていたのに、今では、自宅の電話番号といくつかしか... 家族の携帯電話番号すら覚えられない... (笑

数字がつなぐ人の縁だったのが、いつの間にかボタンがつないでいる。

昔は、とうきょうゼロサンってよく言ってたけど、今は使わなくなったなぁ...

そうそう、だから、ゼロって日本語っていう認識だった。レイが日本語で、ゼロが英語だって知った時、驚いたなぁ... 不思議に思ったりもした。

それでも、電話は欠かせないツール。これからも我が残りの人生も電話と一緒に過ごして行くことに変わりはないだろうな...







2011年12月22日

明日は明日の風が吹く


明日は明日の風が吹く

明日があることって、とても大事。明日が見えることのありがたさを感じられるのも幸せなこと。

まさに、原点に戻って自らを見つめ直す1年。その年の瀬。明日は、明日の風が吹く。いい意味でも、悪い意味でも使ってきた言葉だけれども、明日という言葉を使えることのありがたさを別の意味で感じることができる。

明日...

明日があるから、今日が生きられる。このことを感じられた。明日が見えなければ、今日なんか生きられない。

明日なんか、どうなるかわからない。それが、明日は明日の風が吹くという言葉なのかもしれないが、どうなるか分からない明日に期待を込められるから語れる言葉。

明日の風は、追い風か、逆風か... それでも、風を感じられることのありがたさ。

逆風が当たり前の今日。その風に立ち向かっていくパワーとはなんなのか?

人それぞれにそれぞれのパワーがある。

パワーを失いたくないが、奪われてしまった人もいる。

かといって、私のパワーを授けることもできない。気持ちと行動。

それでも、明日は明日の風が吹く。吹いて欲しい、明日があってほしい。明日を迎えたい。

だから、今、頑張らなければ...

そう、思い正す。






2011年12月21日

素直になれない大人たち


素直になれない大人たち

素直になれば、うまくいくことが多い。分かっているけど、なかなか素直になりきれない大人たち。

素直になるとは、自分の考え、経験、感情、価値観を捨てなければできないこと。これが、分かっていない。だから、素直になれない。というより、素直になろうとしない。

子どもは、まだ、自分の考え、経験、感情、価値観が作り上げられていない。だから、素直になれる。

人から教えを請う、セミナーや勉強会に参加する。人の話を聞く。こんな場面で、素直になれないから学べない。自分の都合のよいところしか聞こうとしない。これでは、素直とは到底言えない。

素直とは、自分を捨てること。素直になれるものが成功する。素直な者だけが行動に移せる。そこに、自分の考えなんて不要なもの、邪魔なもの。それに気づかない。

そして、振り返る。

素直に行動した結果を振り返る。そこに価値がある。

何も考えずに、言われたまま行動してみる。

もちろん、全てが全てではない。しかし、全てとして思考・行動できるものだけが、素直になれる。

若いうちは、素直に吸収しなくてはならない。

大人になれば、素直になれない部分が生まれる。できる限り、小さくしておきたいものだが、必ず生まれる。

だからこそ、素直になれない部分は、失敗が多くなる。それでも、素直になれない。それが、大人。だから、その失敗の責任と痛手を負う。

もし、失敗したくない場面だったら... 素直になればいい。でも、素直になれなくなってしまっている。だから、うまくいかない。

時に、素直になることができるか。それができる人こそ、成功する。

小生なんか。全然ダメ。素直になれない。だからこそ、素直になれる場面を作って、飛び込んでいくことにしている。

素直になることを意識的に経験するように。大事な場面で、素直になれるように。







2011年12月20日

期待、計画、期待値、実行、結果、反省


期待、計画、期待値、実行、結果、反省

何をするにしても、計画は大事です。計画することは、将来起こりうる事象や変化に対して備えることでもあります。しかし、備えるだけで将来を望み通りに作ることができないことがもどかしいのですが...

計画は、期待です。望まないことは計画しないでしょうから。期待を計画すると期待値が生まれます。期待という漠然としたものから、少し現実的な印象、感覚に落とすのが期待値です。期待値が高ければ高いほど、ワクワク感が生まれます。

そして、実際に実行、行動することになり、計画の結果が見えてきます。結果が見えて、出て、実感してそれで終わりではいけません。結果をきちんと見て、把握して、受け止めることが大事。

期待値が高ければ高いほど、結果とのギャップに悩まされることでしょう。期待値を超える結果であればいいのですが、多くの場合は期待値よりも低くなることと思います。

そして、そのギャップを受け止めた結果、反省するわけです。期待値を上回っていれば、達成感を味わえばいいのですが...

少し、人生に、ビジネスに慣れてくると、余計な期待値を上げないというテクニックを身につけることになります。生きていく中で、うまくやっていく中で、大事なテクニックだと思いますが、デメリットは、反省しなくなることかもしれません。

しかし、期待値を上げずに、他の計画、期待を生み出し、並行して動かすことは大きなメリットだと思います。

この辺のさじ加減は、個人によって違ってくると思いますが、数多く打つか、狙いを定めて打つかは、個性なのかも。

大事なのは、反省。反省なくして、成長はしない。次の計画、期待の結果の成功率を高める唯一の方法が反省だと思います。

反省に限度はない。だって、失敗しなくなることはないから。

失敗や停滞を省みない人が多過ぎる。だからこそ、他人の力を借りることも大事。自分自身だけでこなしてしまうと、自分自身に負けてしまう。自分を否定するのは辛いことだから。

だから、他人の評価は大事なポイント。

他人をうまく使うことで、自分自身を成長できる。面倒と思わずに。

人との付き合いも仲良しごっこではダメ。そんなことを考えて、また今日もめいっぱい動き回る日々です。







2011年12月19日

コンビニ バナナ論


コンビニ バナナ論

小生は、コンビニでよくバナナを買います。小腹が減った時に、低カロリーで勝つ満腹感を得られる便利な食べ物だから(笑

コンビニもよりますが、1本80円から120円程度で売られています。

これが、高いか安いか...

八百屋さんに行けば、1房4-5本で、100円から200円程度でも売られています。

コンビニでも1房単位でも売られています。

1房で買えば、1本あたり40-50円程度になります。

小生は。必ず1本単位で買います。1本しか食べないからです。理由は、明白。だから、1房で買っても、結局は割高になってしまう。状況的にその場で歩きながら食べたいから。家に、持ち帰ることはしない。

極端に言えば、コンビニで1本100円、1房100円で売られていても、1本100円のバナナを買うと思う。1本しか食べないのだから。残りのバナナを持ち帰る手間を考えれば1本単位で買います。

では、1本100円のバナナと1房80円のバナナが、もし、あったとしたら...???

1房80円のバナナを買って、1本だけ食べて残りは捨てるというのが経済的かもしれませんが、やはり、1本100円のバナナを買いたい。捨てるということに抵抗がある。

家庭、家族を考えれば全くの別の倫理や価値観がありますが、1人、その場で食べたい、1本だけ食べたいというニーズに応えているのが、コンビニのバナナの1本売りだと思う。八百屋さんでバナナを1本単位で売っているのは見たことがない。

ものを売るという考えに、最近では、ニーズに応えるという考えが生まれ、定着してきたと思うのである。

さらに、ものの大切さ、無駄の排除という考えも定着してきた。

もし、バナナを1本食べたくて、1本100円のバナナと1房100円のバナナが売られていたら、どちらに手を伸ばしますか?

コンビニと隣の八百屋さんという場面だったら、ありそうです。






2011年12月16日

突き離す から 付き話す そして、月話す 尽き話すへ


突き離す から 付き話す そして、月話す 尽き話すへ

部下や子どもなど、歳を取ると自然と指導される立場から、指導する立場に変わっていくものです。

小生が、気を付けていることは、いつもべったりとくっついていてはお互いやりづらい。やりづらいだけならまだいいが、指導にならなくなる。

そこで、ある程度の段階から、少し離れて見守ることになるのだが、突き放すのではなく、付き話すということ。

話しっぱなしではなく、近くに付いて話しをするということ。

見守ると言う言葉は、良いように聞こえるが、守ると言うのはなかなかできることではない。話すことで、事前に守れることもあるだろうし、気付きを与えられることが多い。雑談で構わない。メールとかではなく、直接話すと言うこと。

そして、月話すに。月に一度程度、話す機会を作ると言うこと。見守るを卒業し、任せるという段階に来る。

そして、尽き話す。話し尽くすということ。話をしていても、話のネタがなくなってくることを示す。ここまでくれば、ようやく、突き放せられる。

話すということ。その機会を作ると言うこと。指導する側もされる側も大事な機会。

これなくして、指導とは言えないと考えています。






2011年12月15日

騙されたと思うか、自分の未熟さを感じるか


騙されたと思うか、自分の未熟さを感じるか

社会は、ベテランも新人も玄人も素人も関係のないフラットな土俵かもしれません。

だからといって、不公平とか、不平等だとかを言ってはいられないのですから、若者、初心者、新社会人は、大変な思いをしながら、苦労や苦痛を感じながら経験を積んでいくしかありません。

若者なのだから、知らないで当たり前。だからといって理由にはならない。そこで、知ったかぶりとか、無謀な挑戦をしてしまう。その結果、失敗とかつまずいてしまう。

まぁ、40を超えた人にとっても同じなんですけどね。

そんなとき、失敗、うまくいかなかったことをどう捉えるか、感じるか。

騙されたとか、たまたま運が悪かったとか、社会が悪いと済ませてしまっていないだろうか。これでは、同じ失敗を繰り返してしまう。それで、ようやく学べれば良いのだが、こういうパターンの人は、同じような失敗を繰り返しながら、でも、振り返らないので運任せの動きをしがちです。

時には、小さな成功もするので、それで満足してしまう。でも、また失敗を繰り返す。でも、失敗と感じていないので、学べない。こんな悪循環を起こしてしまう。

謙虚に、真摯に、自分と向き合い、失敗を認めること。つまり、その結果、自分自身の無力さを認識することは、大事なこと。しかし、そこで、止まってはいけない。なぜ、失敗したのか、なぜつまずいたのかを分析し、反省することで、失敗の痛手を和らげられる。同じ、失敗からの立ち直りだけれども、見ないふりをするのと、きちんと受け入れることでは、その後が大きく違ってくる。

自分の無力さ、未熟さを認めることは、卑屈になりがちなことでもある。しかし、その逆境からはい上がる力こそが、その人の底力であり、マンパワーであると思うのである。

未熟さ、無力、無知は、ときに武器になる。しかし、なかなかこのことを気づくことができない。あとになって分かるようなことなのかもしれない。

だからこそ、周りのサポートする人の援助、サポートが重要なんだと思うのである。

先輩、同僚、上司... 時には、家族、友人... ほかの人が失敗した時に、その失敗を共有する勇気。そして、アドバイス。決して、有意義なアドバイスなんて必要ない。アドバイスしてくれる人がいてくれるだけでいい。

人は、人に育てられる。

失敗から学ぶ力、味方、やり方は、人からしか学べない。

人から学んだものをまた人に伝えていく。

今の仕事は、こんな思いから生まれたものかもしれないと思うのである。







2011年12月14日

迷惑をかけろ


迷惑をかけろ

よく、人に迷惑をかけるなと言うし、言われる。まぁ、正直な気持ちと言うか心理だろう。

ただし、この世の中、生を受けて生きている限り、他人に迷惑をかけないで生きていけるわけがない。多かれ少なかれ、他人に迷惑をかけつつ、また他人からの迷惑を受けつつ生きている。このことを忘れてはいけない。

迷惑とは、辞書を引くと、

迷惑:ある行為がもとで、他の人が不利益を受けたり、不快を感じたりすること。また、そのさま。(大辞泉)

とある。

他人と接点を持つ限り、不利益や不快になるのは当たり前。これを避けてはいけない。他人には、迷惑をかけるもの。そう思えばいい。ただ、迷惑のかけっぱなしや意味のない迷惑は困りものだけど。ただ、迷惑を選別してかける、かけないなんて出来るわけがない。

迷惑はかけてしまう、それに応えるには、気持ちしかない。

相手の期待に応えよう、少しでも相手の役に立ちたい。こんな気持ちを持つことで、迷惑は、もしかしたら迷惑でなくなのかもしれない。

教えを請うて成長しよう、役に立とう。少しでもまずは自分で考えてから、聞きにいこう。素直な気持ち、真摯な気持ち、真面目。これらが迷惑にエッセンスを加えられて、何かが生まれる魔法になる。

迷惑をかけるなではない。迷惑のかけ方が大事なのだ。

最初のうちは、迷惑をかけ方なんて分かるわけもない。それでいい。まずは、迷惑をかけてみる。気持ちがあれば、大丈夫。迷惑をかけているなんて気づかない場合も多いだろう。それでいい。迷惑をかけながら、分かってくる、見えてくる。

そして、逆に迷惑をかけられることで、気持ちが分かるようになる。熱い気持ちは、気持ちがいいものだ。迷惑と感じないこともあるだろう。

そんなあやふやなものなのだ。

迷惑なんて、当たり前。そう、どこかで開き直る。

そう思えれば、他人との関係が大きく広がる。つまりは、自分の可能性が広がる。

迷惑? 結果オーライにしよう!






2011年12月13日

40からの新人


40からの新人

大人になり、40を超え、それなりにいっちょまえ(一丁前ではなく、いっちょまえww)になりました。多くの経験も実績も失敗も積み重ねてきて、逆に昔の辛さや苦労は避けるように、避けられるようになってきました。

こうなると、自分の世界、環境も固定化されてしまうようです。

あらゆる世界やコミュ二ティでは、先輩づらするようになり、もてはやされるようになります。快適である半面、刺激も少なくなり、学べる、成長の機会も実は減ってしまっていると思うのです。

そんな中、挑戦を続けいきたいと思うのですが、なかなか、飛び込める環境を見つけたり、出会う機会も少ないのも事実。ただ、自分自身で見つけようとしないと気づかない、現れない、作れないとも思います。

もし、運良く、新しく飛び込んでみたいと思えるような環境を見つけたら、ぜひ、勇気を持って飛び込んで欲しい!

その時には、今の環境も身分も立場もプライドもすべてを捨てて...

そう、新人、新入部員のような感覚で、諸先輩方の中に飛び込んで欲しい。

新しい環境と言えば、おそらくは、今までの経験や立場などを考慮に入れた参入が多いと思います。その環境は、大事にして欲しいと思いますが、小生がいう新しい環境とは、そのようなことを全く関与しない、全くの新人の身分で飛び込める環境を見つけて欲しいと思うのです。

頭を下げて、経験やスキルのなさを自覚し、教えを請う。

こんな環境。

大事なのは、新しい環境に飛び込む、先輩諸氏に頭を下げ、教えを請い、成長しようとする気持ちが持てるかどうか。

この気持ちを持ち続けうことが、まだまだ、自分自身を成長させ、充実させる秘訣だと思うのです。

小生自身も40すぎて、飛び込む世界を見つけ、大きな刺激と影響を受け、充実感を感じることができているように思います。その分、仕事もおもいっきりやってやろうと思っています。

複数の環境で、立場も立ち位置もレベルも違う。これって。すごく楽しいですよ。でも、最初、慣れるまでは、勇気を振り絞る(大げさですが)こともしばしばですが、やってしまえばこっちのものって思えちゃう。

毎週、週末の楽しみであり、日課(週課かな?)である。これを持っていることが、楽しい。

副次効果として、余計なお金を使わなくなり、時間も充実。笑顔が多くなる。ま、お金がかかる環境もあるでしょうから、人それぞれかもしれませんが。

そして、新しい人のつながりができる。そして、諸先輩方から褒められると素直に嬉しくなる。

40超えると、なかなか褒められることもなくなりますから...

小生自身、そんな生活を大事にしたいと思います。






2011年12月12日

できる と 使える の違い


できる と 使える の違い

スティーブ・ジョブス氏の足跡を見て、印象に残っているのが、”できる”ということと”使える”の違いである。

どうしても、作り手側としては、効率とか利益率とかが頭の一部を占める。使いやすさを考えても、どうしても徹底できない。作り手でありながら、使う側の視点を持ち続けたのがスティーブ・ジョブ氏だと思う。

”できる”という機能を提供するのが、作り手の第一の使命であると思う。しかし、できるのだから、いいだろう。作り手の決めた使い方で使ってくださいという意識が、どこかに見え隠れしてる。だから、多くの場合は、使いやすさは、バージョンアップ、リビジョンアップという手段を使って改善していく。使いやすさは、使ってみてからしかわからないという理論のようにも見える。

しかし、サービスを出す前に、どれほど使い勝手を考慮できるか... さらには、サービスを出す前に、さらに使いやすい操作性やビジュアルを追求できるか。まさに、Appleの成長のキーはここにあったと思うのである。

どうしても、機能重視に設計し、開発し、実装する。しかし、使うだけでなく、使いやすさ、使いたくなるという視点は、後手後手になってしまいがち。しかし、今考えれば、長い目でみれば、使う側の想定をすることで満足度が大幅に上がることでさらにそのサービスの価値を上げられると思うのである。

しかし、簡単なことではない。作り手の先入観や固まった考え、違う立場でユーザーに成り代わることは正直難しい。ならば、今後、使い勝手の検証やアドバイスを行うというようなサービス、ビジネスも生まれてくるのではないかと思うほど。

できれば使わざるを得ない。これが、今までの考え。しかし、今後は、出来て当たり前、使いやすい、使いたくなるようなものにならなくてはならない。

つまりは、いかに作り手を脱するか...

できる≠使う できる→使いたい

このことは、以前と当たり前になっていくことでしょう。







2011年12月09日

愛想の悪いコンサルタントって...


愛想の悪いコンサルタントって...

コンサルタント。何の権威もない肩書きのように解釈されるようになりました。仕事柄、いろいろなコンサルタントと名乗られる方とお会いしますが、個人的な印象ですが、非常に偉そうに見えるんですね。それは、表情とか話し方とか...

経歴や実績を見れば、それはすばらしいものなのでしょうが、小生が考える、突き進むコンサルタント像とはちょっと違うんです。

コンサルタントは、偉くちゃいけない。正確に言うと、偉そうに見えてはいけないんです。話しやすさ、分かりやすさ、話かけられやすさ、安心感。これらがないコンサルタントは、大企業の大きな、固いプロジェクトで仕事をされていればいい。

現場に求められているのは、納得感、安心感、そして、将来性だと思っています。小生は、中堅、中小企業の力になりたいとビジネスを続けています。おかげさまで。今まで何とか続けてこられました。それは、クライアント様、エンドユーザ様のご理解のおかげだと思っていますが、実感として、何かあったときに頼りになるかどうかだと思うのです。

いうなれば、コンサルタントと言うよりは、相談役に近いかも。

だから、小生は、できる限り、コンサルタントを名乗りません。アドバイザーとか、時には社外CIOとか...

お客様の視点、視線、エリアにグググッと入り込むのが心情です。お互いの懐具合というか、本音の部分を共有して初めてアドバイス、コンサルティングができる。

それには、愛想が悪くては、仕事にならない。

自然な笑顔、屈託のない意見、考え、完全に独立した立場。これらが、これからの中堅、中小企業を支えていく縁の下の力持ちになる人の条件だと思うのです。

もちろん、仕事に上下も良し悪しもありません。ただ、現場に近づくコンサルタントである以上、自分のエゴやプライドを捨てられるか、素直に考え、行動できるか、相手を配慮し親身になれるか... これが、実力以上に必要なスキルだと思うようになりました。







2011年12月08日

危機に接して、進化する。


危機に接して、進化する。

あるクライアント様にて、サーバーダウンという障害に出くわした。運用しているシステムについては、把握している。しかし、この障害対応を外部の人に依頼するのは、結構面倒なものだ。何も分からない人にサポートを依頼しても、結局は、情報を伝えることでも大変な作業であり、負担である。小生の経験では、外部のサービスを利用して復旧を図っても、費用対効果は低いというのが実感。つまりは、自分でやってしまった方が、確実で速く安上がりなのである。

まぁ、そう言い切れるのも、自分でやれば出来るという自負と経験があるからで、これが、ITに詳しくない人が担当だと非常に辛い事態であろう。いかに、サービスダウン時間を短くするかが腕の見せ所である。

サーバーがダウンといっても、幸いに、かろうじて起動すれば、数時間は起動できる状態であった。このことは、非常にありがたい。もちろん、必要なバックアップは取っているので、ファイル自体は問題ないのだが、設定情報とかレジストリ情報とか環境変数までは、バックアップできていない。分からなかった場合に、障害サーバーを起動して確認できることはありがたかった。

サーバーがダウンしてしまったことで、どうサービスを継続させるか。新しいサーバーを購入するか、クラウドサーバーを利用するか、既存の別のサーバーに載せるか... いろいろなことを考えたが、短期的には既存のサーバーにサービスを載せることを目指すことにした。一段落した時に、新サーバーを購入するか、クラウドサーバーを利用するかを決めて、ゆっくり準備すれば良いと考えた。

大方針が決まれば、あとは、手と頭を動かすだけ。必要なツールやソフトをインストールし、データを移行して、動作確認。

まぁ、しかし、簡単なことではない。

今回、特に、手間取ってしまったのが、ソフトのバージョンの違いである。障害のあったサーバーを導入したのは、もう何年も前の話。今、同じソフトやツールをインストールできればいいが、バージョンが上がってしまって同じバージョンの環境が作れないということが生じた。新しいバージョンであれば、問題ないだろうをたかをくくっていたが... 弱り目に祟り目。いくつかの機能が、想定通りに動かない...(汗

ここからが、悪戦苦闘。8割方のサービスは、すぐに復旧できたが、残り2割のサービスが不調のまま。

しかも、一つの作業がやたらと時間がかかるので、試しにやってみようと思って結果が出るのに、数時間後という状況... 時間ばかりが過ぎていく...

うまくいかなくなって、バージョンの問題だと仮説を立てて、立証してを繰り返す。そのうちに、複数のバージョンが入り乱れる...

結局は、どの仮説を立証しようとしているのか、混乱し始める。

ただ、頭の中では混乱しても、それを落ち着かせることができる自信はあるので、サーバーの前を外して頭と状況の整理。

なんやかんやと3日間の格闘の末、ようやく全ての状況を把握し、収束させることができた。

業務的にも、大きな損失を出すこともなく乗り越えた。

しかし、今の状況は、このサーバーがダウンしたらとんでもないことになる状況。一刻も早く、バックアップ体制を取らなければならない... 忙しい状況は、まだまだ続く。

新しいサーバーの購入を考えたが、やはり、今の時代、クラウドだろうと思い、購入するケースとクラウドでサーバーを利用する場合とを比較している。

やはり、危機的な状況に陥らなければ、環境を新しく、進化、新化させることはできないのが企業の現実。

私をはじめ、多くの方々がこれで危機意識、リスク管理の重要性を知っていただければ、苦労した甲斐があるというもの。

小生自身は、トラブルの山を超えた瞬間の達成感、充実感を味わえたことで充分!

あなたの会社のサーバーが、突如、ダウンした時。業務は、回りますか? サーバーの復旧はどうしますか? ぜひ、考えてください!







2011年12月07日

64bitパソコンの行方は、スマホにつながる!?


64bitパソコンの行方は、スマホにつながる!?

最近では、64bitパソコンが普及してきた。やはり、ものは試しと、会社で1台、Windows7の64bitパソコンを購入して試してみることに...

印象は、速いかも知れないけど、企業用途での導入には勇気がいるなという印象。その理由は、インフラ系に近いソフトが、今までのライセンスやソフトでは、インストールできず新しく64bit版のソフトやライセンスを用意するケースが多い。つまり、64bitのパソコンに買い変えることは、ツールやソフトの流用ができないということである。企業では、パソコン台数が、5台、10台、50台ともなれば、その費用負担も無視できない。ならば、32bitパソコンで、ソフトを引き続き使おうという考えも捨てられない。

個人使用でのパソコンでは、64bitパソコンが普及していくことだろう。

パソコン自信もパーソナルユースと企業ユースとでは型番も初期インストールされているソフトも違ってくる。パーソナルユースのパソコンを企業向けに使うのも、初期インストールされているものをアンインスールする作業も面倒なものである。

となれば、さらに、企業ユースのパソコンは、パソコンでなくても良いんじゃないの? という考えが真実味を帯びてくる。多くの会社員は、パソコンをメールをWEBしか使っていないという側面がある。ExcelやWord、Powerpointのようなデスクトップツールを使うケースは、結構少ないと言う人が多い。Excelを使うためだけに、パソコンを使うというのはもったいないと思うのが自然であろう。

ExcelやWord、Powerpointなどは、見るだけであれば無料のツールが用意されていることもある。

いまや、スマホ時代と言っても良い。スマホを上手く使うことで、パソコンなんて要らない、パソコンの変わりにスマホで仕事が出来ないかという声を時折聞くようにもなってきた。

企業にとって、64bitパソコンの浸透は、結構敷居が高いという印象を持った。
いまや、大きな政府、小さな政府の議論と同じように、大きなIT、小さなITの議論が始まっている。

パソコンの終焉が近いのか...






2011年12月06日

しゃべって吐き出す


しゃべって吐き出す

大人として、親として、夫として、経営者として、ビジネスマンとして、毎日が苦労の連続であり、幸せを感じることもあり、我慢し続けている部分もあり、気づかないうちにストレスや鬱憤を溜め込んでいる。そんな日々を送っています。

小生自身、”つぶやきすと”、”ついったったー”を自負しているところもありますが、これでも、実際は無口な方なんです。

友達が少ない、いないと言えば、それまでですが...ww

かっこ良く見せたいというよりは、だらけている部分を見せたくないという意識が強いでしょうか。気張っているんですね、普段は...

小生自身、あまりストレスを感じない、溜め込まない方だと思ってはいますが、時には吐き出さないと、苦しむことになってしまいます。

ご存知の通り、ストレス発散には、今はドッジボールという環境、世界がありますが、やはり、しゃべって吐き出すことも大事かなと...

この歳になり、男なので、どうしてもしゃべって発散となると、お酒の場になりがち。ただ、うだうだと絡むのもどうかなと思うし、実際、絡めない。呑む相手によっても、溜め込んだものを発散できるとは限らないし、逆に相手の発散を受け止めて、余計に溜め込んじゃうことも。

一人で呑んで発散出来ればいいのですが、なかなかこれも発散には向かない。

やはり、気の合った仲間、しがらみのない仲間と呑んで、語って、熱くなることが一番良いのかも。

しがらみのない仲間を作るのも難しくなるのが、大人...

しがらみだらけの世界で生きているってことですけどね。

小生の場合、年に何度か、しがらみのない仲間と集ることができます。居心地がいいのですが、相手も同じですから、お互い吐き出し合いになります。

しゃべるとは、言葉にすること。頭の中にあるぼんやりのとしたものを言葉にすることで、すっきりするんです。整理できると言うか、吐き出しながら、整理して元に戻すって感じです。

こんな集まりを大事にしていきたいと思います。







2011年12月05日

休憩すること 休憩させること


休憩すること 休憩させること

サラリーマンと違い、経営に携わる身としては、勤務の仕方も自己責任。当たり前。勤務だけでは、お金にならない。働き、価値を生み出し、提供するからこそお金がもらえる。

つまりは、勤務することが目的ではなく手段であること。いかに、アウトプットを出すかが重要。

そんな中でも、仕事、ジョブによっては、時間をかけて、かければかけるだけ仕事になることもある。

そんな時も、勤務の仕方をマネジメントする。サラリーマンだと、勤務時間の上限だとか、残業だとかという枠がある。しかし、経営者には、それがない。良い面も悪い面もある。うまく使えるのが、いい経営者だと思う。

自分でこなすべきが、他人を使わせるのか、今やるのか、後でやるのか、それぞれの場面で瞬時に判断する。

効率も考えなければならない。人の集中力は、1時間も持たないと言われているが、それはうそ。興味のあることであれば、2時間だって、3時間だって集中できる。楽しいから。苦にならないし、そんなときは、休憩することが大きなロスとなる。休憩後の立ち上がりの遅さがもったいない。

しかし、楽しくない仕事やジョブがほとんどかもしれない。そんな仕事やジョブを1時間も2時間も続けていると効率は落ちてしまう。しかし、早く終わらせたいという一面から継続してしまう傾向に陥る。

長い目でみれば、仕事やジョブに取り組む順序やペース。短い目で見れば、休憩の取り方と長さ。この組み立てがうまい人と下手な人が、アウトプットの質やスピード感に差が出てくる。

画一的に、取ってしまうのも一つの方法だけど、濃淡をつけることで質もスピードも上げられることもある。でも、下げてしまうこともあるけど。

自分自身のことであれば、気持ちや頭の回転、気分によって判断しやすいかもしれないが、他人のことだと、いかにこれらに近い情報をキャッチすることが大事。ウォッチである。進捗度合いだけでなく、人の表情や話し方さえ大事な判断材料となる。

マネージングとは、身近なところと大きな視野が必要なテクニック。いや、感性かも。

いいマネージャーの下で働けることは、ありがたいことなのだ。自分が活きる、活かされる。

さぁ、今日のスケジュールも考えて行動しよう!






2011年12月02日

見えている世界、見えない世界 見てはいけない世界 見るべき世界


見えている世界、見えない世界 見てはいけない世界 見るべき世界

環境が、人を育てる。大事にしたい言葉です。

人が人を育てるには、限界がある。その限界を超えさせてくれるのが、人を含めた環境だと思う。

自分の見えている世界だけで満足する人もいる。上の世界があるはずだと飛び込んでいく人もいる。転んで下の世界に落ちていく人もいる。

それぞれ...それぞれ...

一つ、新しい環境に飛び込む。これだけでも、新しい世界が見えてくるはず。その中でも、また違う世界が見え隠れする。そのまた違う世界に人が引き連れてくれるときもある。時には、強引に。

その違う世界。自分にとっても、正義、常識的にとっても、合う、合わない、正しい、悪い世界があるだろう。行くべきか、戻るべきか判断は、自分自身で行わなければならない。これが自己責任。

しかし、違う世界に導かれる、見せてくれるというのは、環境の力。違う世界が見えるからこそ、行くべきか、戻るべきか、避けるべきかを判断できる。

見えなかった世界が、見てはいけない世界 見るべき世界の判断を経て、視野が広がっていく。見えないものを見せてくれる、また、見ようとすることが環境が人を育てるという一つの解釈だと思う。

判断力が、大事。判断するには、感じること。感じるためには、正しい感性を持ち続けること。

これが備われば、逆に人を育てられる人になれる。人が育つ環境が作れるようになれる。

やはり、いい影響を受ける人の近くにいること。ここから、始まる。待ちの姿勢では、いい人は近くにはやってこない。自分から、近づき、接点を作り、深めていく。

そんなことを感じる日々です。






2011年12月01日

ルール厳守は、楽すること。そして...


ルール厳守は、楽すること。そして...

最近、歩道の信号厳守をしています。ブログでも宣言して、ようやく、定着してきた頃でしょうか。赤信号では、どんなに短い横断歩道でも、車が全くいないくても、誰もあるいていなくても止まります。

当たり前と頭が認識するまでは、くだらないことばかり考えていたことが良く分かります。

赤信号だけど、止まっていたら、30秒くらい損しちゃう。待っているのが嫌だなぁ。車が来ているけど、まだ遠くだから渡れるはずだ。青の点滅だけど、走っちゃえば大丈夫だろう。 などと、そのほんの小さな利益とも言えない満足(?)のだめに、大きなリスクを犯してまでもつまらない考えごとや思考をしていることに。

小さな利益を得ようとするために、思考を使いすぎている。このことは、小さな視野しか持てていないことを示していて、大きな視野を持とうとすることを阻害しているんだと気づくのです。

交通ルールといってもルール。つまりは、守った方がいいという経験則から出来上がった規則です。交通ルールを破ってまでも自分の利益を追求していては、総合的に、結果的に、長い目で見たときには、損していることになるという教えでもある。

交通ルールに限らない。社会の教え、ビジネスの教え。それが、文化であり流儀であり、礼儀となって現われている。

ルール厳守。このことを当たり前のように厳守する姿勢は、つまらない余計とも言える小さな利益ではなく、大きな流れの中から生まれる大きな利益を掴むことができる簡単な方法なのかもしれない。

実際に、赤信号でも「止まる」と決定するだけで思考は、他の思考に使える。しかし、つまらない利益のために、走ったら渡れるかなとか、お巡りさんがいないかなとか、車が来ていないかなと余計な感覚や思考を使うこと自体が無駄なのであり、もったいないことをしているのである。

ルールは守る。当たり前と言える人こそ、もっと高い視点と広い視野を持って、感覚を研ぎ澄まし、思考できる人なのかもしれない。

赤信号は、止まる。 止まっていますか?








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