WBI コンシェルジュのブログ
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2012年02月29日

落ち着いて、慌てないで


落ち着いて、慌てないで

気分を害する出来事や言い方をされることはよくあるだろう。人間として、当然、笑顔はなくなり、愚痴や文句のひとつも言いたくなり、ムスっっとしてしまう。小生もそんなことは日常茶飯事、よくあることです。

そんなとき、じっと我慢することが多い10秒、1分、3分、5分... 感情を表に出さないように、噛み締めながら、頭と心の奥にしまい込む。まぁ、しまい込められればいい方ですが。

別のことを考える、仕事に集中する、何も考えずに一人になってコーヒーブレイク。などなど、考えないようにする工夫もありますが、封じ込める時間が長ければ、長いほど、穏やかに、冷静に考えられるようになる。

自分もいけないところがあったなとか、こんなふうに考え直そうとか...

頭に血が上っている時には考えつかないようなことが頭を駆け巡る。そして、まぁ、なんとかなるだろうって思えるようになる。

感情が頭と心の大部分を占めているときは、なんとかならない、なんとかしなくてはならない、なんとかしなくっちゃって思っている状態。これでは、ろくな結果に結びつかない。感情のまま行動したって、自分も相手も状況もよくなるわけがない。それがわかっていながら、感情に負けてしまう。

落ち着いて... 慌てないで... 時間をかけて...

そう言い聞かせて、感情を少しでも押さえ込む。

逆に、感情を表に出している人を目の前にした場合、相手にしないことも大事。少しでも冷静になってから、話をしたり対応したりすること。感情を相手にして、いい結果にはならない。本人のためにもならないい。

ただ、押さえ込みすぎた感情が爆発してしまった時は、別。こんな時は、とにかく、発散させてあげる。発散させれば、少しは落ち着く。発散させている最中は、相手にしてはいけない。とにかく、感情をぶちまけさせてあげるだけ。

まぁ、説明しているだけアホかもしれないけど。冷静になっている時に、少しでもこうしなくっちゃって思うことを書いているだけかもしれない。それでもいい。感情を真正面から相手にして良いことは一つもない。このことだけでも、思い出したいから。

そう、落ち着いて、慌てないで...なのである。






2012年02月28日

想定外の事態に対応する唯一の方法


想定外の事態に対応する唯一の方法

リスクの問題を語るときに、必ず出来てくる言葉が、「起きてしまってからでは遅い、しかし、起きてみなければ分からない」と言う言葉。この言葉が、出てくるようでは、リスクを正しくは語れないし、判断できないと思います。

起きてしまったらどんな事態に陥るのか、その事態に陥ってしまったら、どう立て直せばいいのか、どんなことが、その事態を引き起こすのか。様々な視点からリスクを考えるのがリスク対策です。

しかし、考えられるリスク、脅威については、考えればいいし、可能な限り対策を打っておけばいい。問題は、想定外の出来事が起きたり、想定外の事態に陥ってしまったときなのです。

しかし、想定外のことを考えるのが出来ないのが想定外。まさに、パラドックスです。

となれば、想定外の事態に陥ったときの対処能力が大事になってきます。

似たような事態を想定していなかったか... 最も近い事態を想定した時の対応を目の前の事態に応用活用する。これこそが、想定外の対応の唯一の方法だと思うのです。

つまりは、できる限り、数多くの想定できる事態を想定し、対策案を取ること。これこそが、想定外の事態への対応の方法です。

マニュアル対応では、想定外の事態は対応できません。似たようなマニュアル対応から応用する力、判断、決断、指示、命令。迷いはあるでしょう。しかし、迷いに勝つには、様々な事態を想定したと言う実績と自信です。

だからこそ、リスク対策に限界はない。

リスクは、必ず存在する。リスクに向き合わない限り、リスクにやがてはやられてしまう。それが、リスク。






2012年02月27日

知らないことは危険なこと


知らないことは危険なこと

世の中には、様々なリスクが見え隠れしています。見えているリスクは、考えたり、対策を打てるのですが、見えていないリスクへの対応は苦慮することになります。

その中でも、知っているであろうという先入観がリスクになる場合もあります。リスクは、人そのものがリスクになるということ。その人の意識の高低がリスクの高低に直結します。大人数の場合は、最低の意識の人のレベルがその集団全体のリスクになるということ。極わずかだからという論理は通用しません。

「こんなこと知っていて当たり前。」「知らないなんて考えられない。」もし、こんな言葉が飛び交うようであれば既にリスクは顕在化しています。当たり前のことを、当たり前のように徹底すること。定期研修や意識テストなどを繰り返し実施しているでしょうか。

いつの間にか、面倒だなぁとお互いが思い始めると、怪しくなってきます。意識が低くなれば... 電車の中での会話や、居酒屋での会話で、大声で機密事項をしゃべってしまうでしょう。公衆の場での電話も要注意。メールも安全ではありません。

便利だから... 楽だから... という理由で、秘密厳守のルールをないがしろにしてしまうのは、歳をとった方にも多い傾向があるようです。特に、電車内で電話がかかってきたときに、つい、離しこんでしまう。電車内での携帯電話なので、声を張り上げて... 仕事ができる人であることを周りに知らせたい意識もあるのかも知れませんが、ちゃんちゃらおかしい。

電車内で、電話がかかってきても出なくていい。もしくは、ぷちっと切ってしまう。そもそも、意識の高い人は、電話が鳴るような設定にはしていない。よく「今、電車の中なので、後で...」と言って電話を切る人が多いですが、これも間違い。電話に出ることが迷惑なのです。後で、「先ほどは、電話に出られず済みませんでした」と一言お詫びを入れればそれで十分です。どんな場面でも電話に、出なければ相手に失礼というのが間違い。それよりは、あなたの周りにいる方へ迷惑をかけても良いのか?

こんなときはこうするという行動のルールを予め決めておくことが大事になってきます。

公衆の場で、自らの肩書きや名前は名乗らない。相手の肩書きや会社名なども口にしない。電話には出ない、かけない。携帯やパソコンの画面には横から見られないシートを張っておく。

これらを会社として、定期的に社員に対して終始徹底して伝えているでしょうか。面倒だ、分かりきっている。そんな声に負けず、徹底する姿勢が企業には求められているのです。

知っているはずの状態が、いつの間にか、知らない状態に変わってしまう。それが人間。変わらないうちに、教え直す。これも、大事な企業の情報防衛の一つです。







2012年02月24日

ノマドワーカーの心得 いえ、大人の心得です


ノマドワーカーの心得 いえ、大人の心得です

ノマドワーカーに、限らないことなんですが、お店にはいってどの席について、荷物をどう置くか...

あなたが、一人で、カフェやレストランに入った場合、4人席、6人席、2人席、カウンターとあった場合、どんな行動を起こすでしょうか。店内が、混んでいる場合、空いている場合とで行動は変わってくるでしょうか。

どの席につくか、手荷物などをどこに置くか...

小生の場合は、店内に入った場合に、お店の人に聞きます。「1人ですけど、どの席に座ればいいですか?」と。そして、店員さんの指示通りの席につきます。

もし、店員さんに聞ける雰囲気ではなかった場合は、迷いなく2人席に進みます。

荷物は、決して席の上には置かず、足元の地べたに置きます。

これは、自分自身に課したルールです。

大半の方を客観的に見ていると、まず、4人席に進む人が多い。混んでいる場合でも店員さんにこちら(2人席)でお願いしますと言われない限り。そして、荷物は当然の如く隣や前の席の椅子の上に。

2人席に座った場合。、前の席に荷物を置けばまだいいのですが、隣の2人席の椅子の上に置いてしまう人が多い。

他の人の配慮が感じられない...

このようなシーンを子どもと見ていて、これではいけないと思ったのがきっかけで小生はできる限り少ない席に、荷物は地べたという自己ルールを作ったんです。

お店の人にまず聞くのは、お店の人にとってどの席に座らせるのが一番良いのかを知っているからです。その指示に従えば、そこが4人席であっても気持ちよく座れます。

これの応用が、電車のシート。手荷物を何気なくというよりは、わざとらしく隣のシートに置く人が多い、多い。混んできたら、荷物をどけますということなのでしょうが... だったら、最初から、素直にそうしておけば周りは気持ちよく電車に乗れると思うんです。

電車シートでは、荷物をシートの上に置くことは絶対禁止。地べたか、網棚、膝の上。

子どもと一緒に行動していると、大人のエゴが見え隠れします。

紳士、淑女は、周りの人たちにさりげなく配慮出来る人。子どもたちには、そうなって欲しいと思っています。であれば、自ら行動で示さなければならない。子どもがいないシーンでも徹底的にルール厳守!

赤信号で止まるに続く、自己ルールのご紹介でした。







2012年02月23日

働けど働けど...


働けど働けど...

掲題の言葉。「はたらけど はたらけど猶(なほ)わが生活(くらし)楽にならざり ぢっと手を見る」石川啄木の言葉です。

以前の日本とは違い、高度成長期のような働く時間に応じて利益が出て、報酬も上がるという夢のような時代は終わった。今は、働けど働けど、社会、お客様に貢献しなければ、報酬は上がらない時代になっている。

となれば、じっと手を見て、どう働けばいいのかを考えなければならなくなる。会社員の場合でも、与えられた仕事だけをこなしているようでは、ジリ貧である。1年後、3年後を考えて、自分がどうなりたいのか、どうなっていたいのかを想定し、そのために今何をしなけれbならないのかを考えなければならない。

今、足りないものは何か? 信用? 実績? 元手? 自信?

この今、何が足りないのか、何が欲しいのかを意識するのとしないのとでは、結果が違ってくるのである。3年前、こうなりたいという目標があっただろうか。今の自分は3年前の自分は許容するだろうか。

働きたくとも働く口がない時代でもある。どう働くは、贅沢は思考かもしれない。しかし、だからと言って甘んじていては結果はついてこない。生活を守る、プライドを守るために、働き方を考えよう。

金儲け? 貢献度? 充実感? 基軸を持って欲しい。

そして、目に見える形で、過去を見て将来を予測する。

こんなことも大事な自己管理であり、自己プロモーションでもある。






2012年02月22日

怒らないことはいいことか?


怒らないことはいいことか?

小生は、周りの肩から温厚とか、落ち着いているとかと言われることが多く、怒ったところを見たことがないとも言われます。まぁ、確かに、ビジネスシーンでは、あまり怒ったことはないのも事実かもしれません。

家では、よく怒ったものですが、最近では、怒ることも少なくなったなぁと思うのです。ただ、怒らない、怒鳴らない代わりに、ムスっとした顔をして黙り込んでいることに気づくのです。家族には、怒るのも、ムスっとしてるのも、居心地は良くないようで...同じことをビジネスシーンでもやっているんだろうなと思うのです。

ビジネスの場合、思うとおりにならないことは少なくありません。当然、自分のミス、他人のミス、状況の変化などが複雑に絡み合って予定が崩れていくわけですが、思い通りにならないとつい怒ってしまう人が多い。怒ると叱るは違うと言いますが、つい、感情を表に出して怒ってしまう。周りは、萎縮するか、仕事のできない人だなぁと評価を下げる。良いことはない。

かといって、ムスっとしていれば良いかと言えば、そうでもない。ビジネスの場合、責任が絡んできますので、責任の明確化、さらに大事なのは再発防止を考えなければならない。これが、管理である。怒ったって責任の明確化も再発防止も実現できない。

自分のミスもあるし、相手のミスもある、状況判断のミスもあるだろう。それを見えるようにしなければならない。仮定でもいいので、あやふやな状態を見えるようにしなければならない。怒っている場合ではないのだ。そして、原因を特定できたならば、なぜ、ミスしたのかを想定する。そして、どうすれば、再発を防止できるかを考える。ここで、もしかしたら、叱るシーンもあるだろうが、この手順を踏めば、怒るのではなく叱っているはずである。

ただ、感情を押し殺しているだけで良いのかという問題もあるだろう。しかし、うまくいかないことを感情で発散するだろうか。もし、感情に訴えなければならないような状態は、ミスの特定、再発防止ができていない状態を意味する。若い頃は、このケースが多いのもうなずける。だからこそ、若者は、感情をつい表に出してしまう。

大人になり、管理者になるにつれ、感情は穏やかになる。怒っている場合ではないからだ。穏やかになるdのではなく、怒る暇が無いというのが正しいかもしれない。

さて、怒らないことはいいことか?

怒る感情が出てしまったら、怒るしかないだろう。できれば、他人に迷惑をかけずに済ませたいところだが。まだまだ、未熟であることを認識しなければならない。怒って良いことはない。

管理者になるにつれ、管理能力がついてくると怒ることがなくなる。大人のステップであると思う。

管理とは、ビジネスだけのものでもない。自分自身、家族、プライベートでも管理能力は養われるし、求められるし、発揮しなければならない。

ムスっとしているのも、感情を押し殺しているのかもしれない。怒らないだけましかもしれないが、うまくいかない事態を見つめているのかもしれない。

いつも笑顔でいたいとは思うけれど、いつもいつも笑顔でいるのも難しい。

嫌な状況を怒るか、ムスっとするか、嫌な状況を打開する動きを取れるか...

ビジネスではできても、プライベートではできないってこともありますね。。。







2012年02月21日

発想を生み出すか、発想を殺すか


発想を生み出すか、発想を殺すか

目の前で、出来事が起きる。第一印象で、これはダメだと捨ててしまう人、もしかしたら。何かの役に立つかもしれないと取っておく人、これは役立つ!と活用を考える人。ケースバイケースかもしれません。しかし、そこに、捨てがち、取って置きがち、扱いしがちと個性が表れているようです。

よく、百貨店の包装紙をきれいにとって折りたたんで取っておくお母さん。ビリビリと破り捨てる子どもたち。きれいに取って、切り取ってメモ用紙にしてしまうおばあさん。人それぞれ!(笑

人それぞれに発想が生まれているんですね。後のち、困らないように...というお母さん、とりあえず、目先の包装紙に包まれている中身に興味が行く子どもたち、裏が白いことを活用するおばあさん。まさに、見方、立場、経験から発想が違っているわけです。

ただ、発想できないことをあーしろ、こーしろと言っても無駄なことである。子どもに、きれいに取るんだよと言っても、包装紙は取ってしまえばゴミでしょと思っていればなかなか実行には移せない。お母さんに、切り取ってメモ用紙にしてよと言っても、それよりももっと別の用途が将来必要に迫られるかもしれないと思うからこそ、しまい込む。

大事なのは、何かに、活用できないかと思考することが大事。それが、子どもにはなかなか理解できない。しかし、一度、包装紙を取っておいて後になって役にたったという経験があれば、そこから発想が変わってくる。

発想を生み出すか、殺すかは、ひとつの経験が分かれ道なのかもしれない。

経験せずとも、発想できるようにしていくのが、経営者であり、社会人であると思うのである。

あーしたらどうだろう、こーしたらどうなるか。こんな思考が、頭の中でぐるぐると駆け回っているか。第一印象だけでなく、一度、勝手な思考をする癖がついているかどうか。

この癖と言える行動パターンこそ、発想を生み出す秘訣なんだろうと思うのである。

ただ、物事や出来事は、四六時中目の前を通り過ぎていく、全ての物事、出来事で思考していたのであれば、疲れきってしまうし、飽きてもしまう。

そこで、やはり、自分の興味のある分野とか経験のある考えやすいものを中心に、思考しているのが普通だろう。そこを、もう一歩、普段、考えない分野で思考してみる、思考しみようと思えるかどうか。これが、新しい発想を生み出す秘訣なんだと思う。






2012年02月20日

病み上がり どこまで、OKで、どこまではNGか


病み上がり どこまで、OKで、どこまではNGか

インフルエンザにやられて、10日経ちます。ようやく、やっと、回復傾向を感じてきました。しかし、まだ、鼻水や身体のだるさは若干残っているようですが、マスクしての仕事復帰を果たしています。

いわゆる病み上がり。無理しないことが大事なのですが、つい、外に出て、仕事をしてしまうとその歯止めができたり、できなかったり...

でも、忘れてはいけないのは、インフルエンザ菌を周囲に撒き散らさないこと。このような状況を作らないことです。

学校の場合は、熱が下がって2日は登校できません。大人も同じような対処が求められます。症状が出てから、1週間はできる限り人と会うことを避ける、作らないという配慮が大切です。

とはいえ、何日も出社しない、会議に出ないというのはいかがなものかと思いますが、この状況をどう扱っていくかがセンスある大人の対応なのかもしれません。

できる限り、短くする、後日に延ばせるものは延ばす。マスク着用。などの配慮は必要ですね。

出席者から、「あの人は、インフルエンザだったんだよね。まだ、咳き込んでるじゃん...」って思われては、大人としての振る舞いは失敗です。

周りの人が気にするのは、咳です。咳が頻繁で出るようであれば、会議は出てはいけない。咳を押さえ込めているのであれば、身体のだるさや熱は多少であれば無理できる範囲なのかもしれません。

ガンガン咳をしながら、トークして、周りのみんなに感染させてしまうのは最悪。辛いことを自分自身で我慢して、なんとか表面的には笑顔を作れるようであれば、出席してもいいかな...と自分自身は線引きしています。笑顔が作れないようであれば、会議には出席しない。やはり、周りの方々から心配されてしまうので。

夜の会議も禁止。だらだらと長くなりがちな会議ですし、夜は、休養したいところ。当然のことながら、お酒もダメ。接待もダメ。

パソコン仕事であれば、マスク着用して、暖かくして仕事する。できれば、自宅で行えればいいのですが、出社しなければならない時もあるでしょう。その時も、できる限り、必要最低限の時間のみ在席して、それ以外は、自宅で行うようにしたいところ。

職種、業種によっても考え方は違うでしょうが、自分の体調だい第一、そして、周りの方々への感染に最大限神経を使い、その上で、笑顔が作れるのであれば、最低限の時間にして人と会う仕事に参加する。

こんなルールです。でも、この優先順位が、守れそうで守れない。でも、守らなくっちゃいけないのです。今、頑張って休むことが、全体最適になるはずです。

無理して、喜ぶ人はいませんから。

休み方も大人のマナーです。






2012年02月17日

【ドッジ】さぁ、決戦!



【ドッジ】さぁ、決戦!

小学生の公式ドッジボール。最後の大きな大会。春の全国大会。その都道府県予選が間近に迫りました。全国大会のカラーコートを踏むには、東京都の場合、東京都予選大会の上位4チームに入り、関東ブロック大会に進出し、32チームの中から上位4チームに入らなくてはなりません。

その東京都大会が、来る2月19日(日)に迫りました。

東京都の場合は、北予選、南予選、西予選のいずれかの大会に出場し、上位に入ることが求めまれます。息子のチームは、北予選に出場し無事都大会の出場権を得て、都大会に出場します。

試合形式は、都大会出場チームは、32チーム。予選リーグからスタート。4チームずつのブロックに分けて総当りで順位を決め、上位2チームが決勝トーナメントに進出します。16チームが決勝トーナメントに進み。2回勝ち上がるとベスト4となり、関東大会の出場権が得られます。もちろん、準決勝、決勝と行い、東京都大会での順位が決まり、関東大会での組み合わせに順位が活かされます。

まさに、負けられない試合。負ければ終わりの緊張感高まる試合となります。コート内の選手やコーチはもちろん、応援席の応援団も手に汗握り、大きな声が飛び交う大会になります。

1試合は5分。短いようで長く、長いようで短い絶妙な時間。この5分の中でも一喜一憂、喜怒哀楽が大人も子どもも味わうのです。

小生自身は、審判としてコート内でこれらの試合を初めから終わりまで見届けるつもりです。

息子のチームの動向を横目に、目の前の真剣な試合をジャッジすることに使命と責任を感じまっとうするつもり。その結果、息子のチームが、勝ち上がって欲しいと願いますが、息子のチームをジャッジすることは避けることになるでしょう。

なんやかんやといろいろな出来事があった1年でもあります。息子の4年生としてのドッジボールもこれで最後。笑いも涙も悔しさも味わったに違いありません。それを横目に、親としても笑いよ涙と悔しさを味わってきました。今年のチームとしての集大成をこの大会で表現して欲しいと切に願うばかりです。

小生自身も審判になって1年。審判としてもこの大会は大きな大会です。数多くの大会、試合をジャッジして、自身も実績も経験も積んできました。そして、1年間の積み上げてきた審判としての信頼が、この大会での審判割りで成績発表されるという意味合いもあります。

都大会。最も重要な準々決勝4試合。審判に指名されるか、どの審判に割り当てられるか... さらには、その後の準決勝、決勝と審判として割り当ててもらえるか。まさに、審判としても真剣勝負なのです。

まさに、しびれる試合に、選手と同じコートに立つ。

日頃の生活にはない、刺激的な瞬間。これを味わうために真剣にやって来たのですから、なんとか大事な試合でコートに立ちたい。そう思うのです。できれば、息子のチームが出場するので審判できませんと言ってみたい台詞はありますが...

まさに、集大成の19日、親子ともども、それぞれのポジションで都大会を迎えようとしています。結果はどうなるか... ワクワクしてきました。

東京都大会は、2月19日(日)駒沢公園屋内球技場にて、行われます。

#dppmm
ドッジボールに熱狂する小学生を応援するパパ・ママのための応援サイト
http://www.dppmm.jp/






2012年02月16日

我が家のハッピーバレンタインデー協奏曲


我が家のハッピーバレンタインデー協奏曲

2月14日のバレンタインデー。今年は、平日でした。皆さんの周りでも、紆余曲折、右往左往、喜怒哀楽、悲喜交々...だったのではないでしょうか。

我が家で言えば、現役直前(?)の彼氏なし中2の娘。予備軍の小4の息子。そして、現役退官の小生と奥さんの様相でした。

日曜日から、娘はチョコレート作り。本命チョコはないけれど、3倍返し期待の友チョコ、義理チョコ作りにてんてこ舞い。それに付き合わされる奥さん。失敗作や端っこを食べる息子。メタボを気にして、口にしないパパ。そんな前夜祭。

そして、当日。中2の娘は、学校で配りまくる。まさに、海老で鯛を釣る作戦もろ見え。ホワイトデーを期待しての友チョコ、義理チョコ配給。そんな中、何人かいる友達の本命チョコをどう見て、どう感じているのか? きっと、”そんなのかんけーねー”とおっぱっぴーしていることであろう。

この日、大事なのは、息子。どんな顔して帰ってくるか... クールな息子は、いつもと変わりない顔のようだが、きれいな袋をたくさんランドセルから出してきた。さらには、地元のドッジボールの練習から帰ってくると、チームメイトの女の子からもたくさんのチョコを手にして帰ってくる。

あーだこーだと言い訳しながらも得意げな顔。さすが、予備軍のバレンタインは楽しい。一番、喜んでいるのは、息子ではなく、中2の娘と奥さん。あーだこーだと話を合わせながら、チョコを食後に頂いている。

あれ、その子は今年はくれなかったの? とか、今年は、この子、頑張ったねとか... 毎年の分析をしながら。

かく言う私は、会社にて、義理チョコを一つ頂きました。もちろん、家に持ち帰って、家族で頂きました。

しかし、大フィーバーですね。バレンタインデー。良いのか悪いのかは、分かりかねますが、楽しむか、勝負するか、笑い飛ばすか、仕事化するか...まさに、人それおぞれ。我が家のバレンタインも来年は、どうなるか? 現役退官の小生は、対岸から見ているだけです(笑







2012年02月15日

ビジネスでFacebookやTwitterを使うときに気をつけなければならないこと


ビジネスでFacebookやTwitterを使うときに気をつけなければならないこと

今やネットマーケティングとか、ソーシャルマーケティングという言葉がもてはやされ、新たにFacebookやTwitterをセットにはじめようとされているかが多いと聞きます。

以前は、ブログとかメールマガジンが主流だったものが、完全にFacebookとTwitterに置き換わりつつあるのも事実でしょう。でも、初めてビジネスで活用する方にとっては、敷居が高く感じられるのではないでしょうか。

そこで、小生流Facebook、Twitterビジネス活用の心得を簡単にご紹介します。

1.意味のない友達はいらない。
まず、これが守れない。まず、友達の数を増やそうとするのですが、全く関係のない人を友達にしても意味がないことに気づくべきです。これから、始める方に気づけと言ってもそれは無理でしょうから、早く気付いて欲しいと思います。見知らぬ人を友達申請する。見知らぬ人からの友達申請を受諾する。これは、居てはいけないことだと小生は考えます。

2.個人アカウントを使うのか、企業アカウントを使うのか、決める。
これを融合させて使っている人が多くいますが、明確に分けて始めるのが、やりやすいかもしれません。個人アカウントでは、個人レベルの発信、企業アカウントでは、企業の社員としての発信と発信する方が明確に分けて管理できます。

3.事実を書けばいいというものではない
最近では、チェックイン機能やアプリが流行っています。どこにいるのかを公開するものですが、これも使い方を考えないといけないツールです。あなたの行動が見ている人に手に取るように分かってしまうのですから。極端なことをいえば、お客様が、FacebookやTwitterを見ていて、「うちの仕事をせずに、なぜ、別のお客さんのところに行っているんだ!」なんて、苦情が入らないとも限りません。あまり、行動を事実だからといって公開するのは、ビジネス上では問題が大きいことを心得てください。

4.主張もほどほどに
政治や事件について、引用しながら自分の意見を公開することもよく行われます。共感を得やすいという反面、反感も買ってしまうことが考えられるのが主張です。あまりにもくどかったり、延々と自己主張を展開することは、共感どころか冷ややかな目で見られてしまいます。

5.他人の悪口は言わない
つい、本音が出てしまうのもFacebookやTwitter。お客様や同僚の悪口を陰で言うのは楽しいものですが、FacebookもTwitterも陰ではないことに気づいてください。誰が読んでいるかわからないのがこれらのツールです。また、一度、書き込んでしまうと、あとから訂正もできない場合もあります。悪口は、厳禁。分かっているつもりが、つい出てしまって、炎上というケースをなんども見てきています。

6.写真は、相手の同意を得てからアップ
手軽に写真をアップできるのも大きな特徴ですが、一緒に写っている人の同意を得ないでアップしてしまうと、後々迷惑をかけることがよくあります。「あなたと会ってうたことが会社にバレてしまった。」「この時間、ここにいることは内緒にしたかったのに...」などなど。みんなで写った写真の取り扱いは、とてもむつかしいのです。

7、更新をやめてしまうと...
Facebookにせよ、Twitterにせよ、一時期はお熱を上げていっぱい更新するでしょう。しかし、効果が出なかったり、飽きもあってそのうち、更新頻度は落ちてきます。そして、更新しない時期がずっと続くようになります。そうなると... それを見た人は、なんだ、やめたのか? と思って、アクセスをやめてしまうかもしれません。また、印象は良くないですよね。続けられないと思われてしまう。これは、逆効果になってしまいます。やめればいいというものではありません。始めたのならば、継続してこそ効果が生まれる最大のコツなのですが、数ヶ月間で効果が見られないと諦めてしまう。これでは、効果が出るものも出ないことになります。覚悟を決めてやり続けることができるか、できそうもないというのであれば、始めない方がいいですよ。

他にも、まだまだ、ありますが、入門時点でのアドバイスとしては、以上になります。

FacebookもTwitterも無料のツール。うまく使えば、効果は絶大。しかし、うまく使えないのです。本当に、効果を出しているのはひとにぎりの継続し続けている人のみ。

さぁ、Facebook、Twitterをビジネス活用しますか? やめますか?






2012年02月14日

仕事とは


仕事とは

原点回帰。仕事とは...

欲しいという人以上のものを提供し、喜ばれ、対価を支払ってもらうこと。

しかし、今、多くのビジネスでは、量産化され、薄利多売のビジネスモデルが流行した。その結果、「欲しいという人以上のものを提供する」のではなく、「売るものを買ってもらう」という意識になってしまってはいないだろうか。

特に、この先、ものつくりニッポンは崩壊し、産業改革が進むことであろう。売るものを買わせるのではなく、何を求めているのかを追求する姿勢が求めれれるはずでる。特に、コンサルティング業をはじめとするサービス業、専門業は。

大事なのは、言われたものを提供するのではなく、それ以上のものを提供する。このことで、
また次!という意識が生まれる。ファンになってもらえるのだ。

仕事は、自分の手の内の中心に考えるのではなく、相手のニーズを中心に自分自身を変化させること。これからの時代の仕事は、これができなければ必ず淘汰される。と思う。






2012年02月13日

競争から目を離してはいけない


競争から目を離してはいけない

子どもの世界では、競争をできるかぎり避けるという流れがあるのは事実ではないでしょうか。しかし、競争から目をそらしてもいいのでしょうか。

世の中、全ては競争だということもよく聞きます。小生は、その通りだと思っています。大人になれば、競争のなかで、勝ったり負けたりを繰り返しながら生きていると思うのです。

仕事だって、競争です。個人戦、チーム戦は様々ですが競争があるから仕事として成り立つのです。

仕事は、競争なんです。

競争に勝ちたいという気持ちはとても大事なことです。勝って、満足。負けて不満。この気持ちは素直な感情です。満足を得たいから勝ちたい。当たり前のことです。勝ちたいから、努力する。これを省略してはいけない。努力が報われるかどうかは分からないけれども、勝ちたいから努力する。その努力は、必ず肥やしとなります。

たしかに、努力もせずに、勝った負けたと騒ぐのはどうかと思う。努力して競争に勝ちたいと思うのは、実は、誰もがやっていることではないんですね。多くの方は、努力せずに楽して勝とうとする(笑 それも、自然な流れ。

子どもの世界で競争を避けようとする流れは、この努力ナシの競争だからなのかもしれない。

一生懸命、汗を流す、そして、泣き笑い。これらの経験こそ、子どもたちに経験して欲しいことなんだけどと思うのである。







2012年02月10日

オン も オフ もあなたです


オン も オフ もあなたです

FacebookにTwitter、mixiに、Google+と、ソーシャルネットワークが盛んになってきた感じがします。いわゆる、ネットでのつながりをオンといい、リアルなつながりをオフと表現することもあります。

オンでつながって、オフでもつながる。オフのつながりが、オンでもつながる。などとオンとオフのつながりが融合していくようです。かくいう小生もオンとオフのつながりが入り混じり、区分けが難しくなってきている気がします。

そんな中、オフの顔とオンの顔が違う人がよくいます。オンでは、仕事とは全く関係のない趣味やプライベートの話が中心の人や、こんなに交友関係が広いのかと思ってしまうほど、オフはおとなしいのにオンは活発な人。様々ですから、また楽しいし面白いと感じています。

小生自身も、オンではまさにドッジボール中心の人格を展開していますからww

しかし、気を付けなければならないことも学ばなければなりません。オンもオフも知っている”友人”は、その両方の人格(?)を見ていることを。そして、その見ている友人は、自分が把握している以上の友人であることを。さらに、オンの人格を知らぬ間に継続的に見ていることを。

つい、グチを吐いてしまう。コレくらいなら、まだ可愛いと思うかもしれませんが、あることないこと呟かれたり、その場にいたことや会っていたことが他の友人にばれてしまうような会話や写真をアップしたり、仕事上の内容を呟かれたり... こんなこと、自分自身では気づかないけど他人から見たらしてしまっていることって少なからずあるんです。これを頻繁に、自由気ままに、呟きと言う名の下に公開されてしまう人格だったら...そんな”友人”との関係を考え直すのではないでしょうか。

自分自身の行動や意見や近況をアップするのであれば、楽しいソーシャルネットワーキングのツールも、暴露や悪口を他人を知らぬ間に発信してしまうツールにもなってしまう。その気がないにもかかわらずそう見えてしまうところがあるので怖いところ。

他人のことは書かない、触れない、写さないが基本。その基本を守った上で、つながれる関係を作ったり、公開してもいい内容や情報を吟味することが大事。というより、マナー。

うまく非公開グループや公開範囲の設定が出来ない人に限って、問題あるアップをしている。

誰が見ているか分からないのがオンの世界。お客様、同僚、先輩、家族が見ているかもしれません。と言うより、見ているのです。見られるのです。

そんな意識を持って、ソーシャルネットを楽しみましょう。

小生も自戒の念を忘れずに... です。







2012年02月09日

他人の意見は、表と裏がある


他人の意見は、表と裏がある

人は、ミスするもの、間違えるもの。そんなことを痛感することがよくあります。

1日の間でも、数時間の間でも、緊張感はそれほど長くは続かない。また、緊張感を保っていたとしても、ミスは出る。だからこそ、そのミスを補完する仕組みが必要になる。

頭が真っ白になることもあるだろうし、完全に誤解していることもある。

小生もいつも正しい判断、行動をとっているとは限らない。自分自身の判断、行動が正しいと思い込み過ぎないことが大事なこと。

つまりは、他人の声やアドバイスに耳を傾ける準備があるかないか...

他人の声とアドバイスを聞きすぎてもいけない。しかし、聞かないことでもいけない。冷静な思考と判断が求められるのです。

自分自身の思考と判断、行動を行うこと。そして、その行動、結果に対する他人や周りの状況からの情報をを得ること。、さらに、自分自身の思考、判断、行動という”仮定”の検証を行い、修正していく。

これが、バックアップでもあり、ミスの早期発見でもあり、是正である。

言葉にすれば、これで終わってしまうが、自分自身の思考や判断を途中で、遮って違う論理が入り込んでくると、頭の中は大混乱に陥るのである。一旦、客観視して、第三者としての考え直せれば良いのだが... これが、なかなかできるもんじゃない。

ありえない判断をしてしまうのは、概してこんな状況なのではないだろうか。

他人の声で救われることも、他人の声で大混乱してしまうこともあるのだから、扱いが難しい。

思考や判断を自分の身体から離れて、第三者として見ることが出来るかどうか。ここには、意地とかプライドを切り離すということでもある。

逆言うと、自分の意見も相手にすれば他人の意見となる。

他人の声、意見、アドバイス...

活かすも殺すも、自分の裁量。懐の深さ。

最後に判断する”自分”を信じる。”自分”を信じるために、他人の声を聞く。そして、せっかく聞いたy他人の声を捨てることの勇気。自分の思考、判断を誤りと認め、変更する勇気。どちらも勇気。

他人の意見は、色々な意味での表と裏があることを認識することができれば、少しは楽に思考が出来るかもしれない。







2012年02月08日

そこにいることが、大事なんじゃない。係わり方が大事なんだ。


そこにいることが、大事なんじゃない。係わり方が大事なんだ。

社会人になり、歳を重ね、責任を積み重なり、役職が上がっていく。すると、不思議とそこにいることが使命だったり、役目だったり、仕事だったりと考えがちになる。そこにいることが仕事だ、役割だと。

しかし、それは大きな誤解。そこに居ることが弊害に感じている人は多い。

その場に、居ることが、安心を与えるのか、弊害と感じるのかの違い... このことに気づいていない人が多い。

その大きな要素の一つが、係わり方。

どう、係わっているのか、逆に、係わっていないのか。

で、あるならば、その場に居なくてもいいことも多い。居なければならないこともある。

居ることが前提ではなく、係わり方が前提。

係わりは、責任でもある。

これを理解できれば、行動範囲が広がる。係わり方も広がる。

停滞しているなと感じたならば、それは、もしかしたら係わり方が違っているのかしれません。







2012年02月07日

休む勇気 休ませる勇気


休む勇気 休ませる勇気

休むって大事な行為。それが、分かっているからこそ、休むことで”逃げる”ことも、”怠ける”こともできる。休むことが、プラスの行為かマイナスの行為かその瞬間には分からないから管理しづらい。

自分自身、自分が現場に出ているメンバーであり、管理職であり、経営者である。

休みたい、逃げたい、サボりたい、休養したい、充電したい、パワーを蓄えたい、リフレッシュしたい、
気分を変えたい。様々な休み方がある。

休みは魔物。休むことの意味をぼやかしてしまう。見失ってしまう。

休むことが、停滞、下降という意味を持ってしまう。瞬間的な時間だけを見ればそう見えてしまうのも事実。だからこそ、休むということが不可解に感じることが多い。

同じように、辞めるということも不思議なことかもしれない。

いずれにせよ、休んだ後が大事なのだ。リスタート、別スタート。このリスタート、別スタートがあるからこそ、休んだことの効果・価値が見える。

休むのが先で、リスタート・別スタートが後。さらにいえば、行動の過去がある。

過去と今と将来。行動、休み、スタート。

この一連の時の流れを少し引いたところから、長い目で見なければ正しい休み方なんて分かるはずもない。また、行動、休み、スタートの経験も大事な要素。

自分を含む本人が、休みたいという意志や行動を示したとき、どう感じるか?

サボりたいのか、いっぱいいっぱいなのか、計画的なのか、瞬間的なのか、休ませたほうが良いのか、悪いのか。様々な思考や感情が入り乱れるのではないでしょうか。小生自身も自分自身の感情、思考、部下や同僚、家族などの表情、行動、言い訳、理由などが入り乱れて、錯綜し、違和感を感じることもある。

その違和感を解消するためか、休む理由を聴いたり、逆に意味付けを行なったりすることになる。

休むことよりもスタートのさせ方に意識を持っていきたい。

休むのは、当たり前。当たり前のこと。その当たり前のことに対して、違和感を感じることがおかしいのだ。大事なのは、休んだ後、どうスタートさせるかに意識と思考を集中する。その経過の中で、休み方を考えればいい。

この意識の転換ができるようになれば、少し引いたところで全体を見ることができる。

休み方は、スタートの仕方によって変わってくる。

休むだけを見るのではなく、スタートとセットで考えることこそが正しい休み方が見えてくる。

休む勇気、休ませる勇気ではなく、休むこと、休ませることが当たり前になる。

休んだ後のスタートこそ、大事な瞬間である。







2012年02月06日

10年ぶりに、インフルエンザにやられた


10年ぶりに、インフルエンザにやられた

先週、体調がおかしいな、関節や節々が痛いなと思っていたら、悪寒... そう、インフルエンザにやられてしまいました。

最近、病院なんていった記憶がない。久しぶりに、良く行く内科医に診てもらいに行きました。10年ぶりだったらしく、10年も風邪に打ち勝ってきたなぁと自己満足。その内科医は、小学校の同級生の医院なのですが、その同級生が院長先生になっていて、話をするのも照れくさかった。鼻の奥に、長い綿棒を突っ込まれて、インフルエンザ判定。息子が、インフルエンザA型にかかっていたので、まぁ、間違いないだろうと思っていましたが、やはりA型でした。

週末は、趣味のドッジボール三昧の日々を送っていましたが、さすがに、お休み、静養することにしました。

それでも、仕事には大きな穴を開けることなく、なんとかこなしてこれたことに自己満足。週末、正確には、金曜日の午後からダウンなので、週末で復活を目指します。

2日間も暇になってしまうと、何していいものか悩んでしまいますね。家の中でも隔離されているので、やれることも限られてくるし...

せっかくなので、この2日間を普段やれないことをやってみたいと思うのだが、考えても、考えてもなかなかやりたいことって出てこない(笑

仕事でもするかってなっちゃう...(苦笑

出歩くことでもできず、パソコンが唯一の気分転換。ならば、やはり、仕事になっちゃう。

普段できていない仕事もあるし...

そんなこんなの週末2日間。

久しぶりに、ゆったりと過ごせました。また、今週、めいっぱい頑張って、今週末のドッジ三昧に備えます。健康が、第一。来年は、ワクチン打とうかな...(笑


ほかの人に迷惑かけてはいけないので、念のため、今日月曜日も自宅にこもって仕事をすることにしました。たまには、いいかなと思ってます。






2012年02月04日

なぜに、いまさら、ここまでドッジボールにはまったのか


なぜに、いまさら、ここまでドッジボールにはまったのか

 単純、誰もが知っている、誰もがやったことのある、スポーツ・ゲーム。それが、ドッジボール。
 
 しかし、公式ドッジボールという統制の取れたドッジボールを知り、まさに”はまって”しまった。
 
 なぜか?
 
 そこには、勝つために、露骨に、「努力」、「涙」、「苦労」、「真剣」、「悔しさ」、「歓喜」、「応援」、「奮起」、「思考」、「情」がある。そして、何よりも「愛」があるのである。
 
 この愛を感じ取れたもののみが、やがては、ドッジボールにさらにはまっていく。
 
 きっかけは、自分の子どもがドッジボールを始めたことだろう。しかし、はまった大人たちは、自分の子どもが小学校を卒業したあとも、ドッジボールの世界から卒業しようとはしない。
 
 時間とお金をドッジボールにつぎ込んで、審判だったり、コーチだったりとそれぞれの方法でドッジボール界に身を置くのである。
 
 このような人たちを、敬意を表して「変態」と呼ばれる。
 
 年齢も性別も職業も年収も家族構成も育ちも全く関係ない。ドッジ愛があるかどうかだけ。
 
 こんな不思議で、熱くて、正義のある ドッジボールの世界が、大好きです。
 
 変態たちと世界観が共有できるのも魅力。
 
 この歳になったからこそ、味わえるものがある。味わいたいものがある、味わなければならないものがある。
 
 当分は、ドッジボールで残りの人生を楽しむつもりである。
 






2012年02月03日

第21回春の全国小学生ドッジボール選手権 第2回春の全国女子小学生ドッジボール選手権 真っ盛り


第21回春の全国小学生ドッジボール選手権 第2回春の全国女子小学生ドッジボール選手権 真っ盛り

公式ドッジボールの集大成。6年生にとっては、最後大きな大会、そして全国大会の都道府県予選が各地で始まっています。

この春の全国と呼ばれる第21回春の全国小学生ドッジボール選手権 第2回春の全国女子小学生ドッジボール選手権は、2012年3月24日(土)が、女子の全国。25日(日)が、混合チームの全国大会です。会場は、名古屋の日本ガイシホール!

ここに、全国から、勝ち抜いた32チームがそれぞれ集結してきます。

全国大会の切符を手にするには、春の全国大会の場合は、各地域のブロック代表にならなければなりません。この全国大会の切符をかけたブロック大会は、

北海道 3/4 北海道立総合体育センタ― きたえーる(北海道)
東北 2/26 尾花沢市「サルナート」(山形)
関東 2/26 ALSOKぐんまアリーナ(群馬)
北信越 3/3 女子単独 リージョンプラザ上越(新潟)
3/4 混合 リージョンプラザ上越(新潟)
東海 3/4 パークアリーナ小牧(愛知)
関西 3/4 京都府立山城総合運動公園(京都)
中国 3/4 岡山総合文化体育館(岡山)
四国 3/3 女子単独 高松市総合体育館(香川)
3/4 混合 高松市総合体育館(香川)
九州 3/4 宮崎市総合体育館(宮崎)

で決戦が予定されています。

このブロック大会に出場するために、各都道府県予選で勝ち抜いて都道府県の代表にならないとなりません。各都道府県で都道府県の代表チーム数は違いますが、予選を勝ち抜いて上位に入賞しなければなりません。

1年前、東北大地震が起きてしまい、関東ブロック大会が開催できず、関東ブロック代表が全国に出場できないという事態が起こりました。全国からの代表32チームが集結するのは2年ぶりのこと。

まさに、泣き笑いのストーリーが、各ブロック、各都道府県、各チーム、各メンバーで繰り広げられています。

もし、興味を少しでも持って頂けましたら、各地の熱戦を一度生で見てみてください。予想以上の熱い、本気のぶつかり合いを感じ取っていただけるはずです。

各都道府県予選は、JDBA(一般財団法人 日本ドッジボール協会)のサイトにて確認できます。

JDBA 春の全国小学生ドッジボール選手権
http://www.dodgeball.or.jp/%EF%BD%94%EF%BD%8F%EF%BD%90/%E6%98%A5%E3%81%AE%E4%BA%88%E9%81%B8%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E6%83%85%E5%A0%B1/

愚息のチームも 2/19の東京都大会を勝ち抜こうと頑張っています。

ぜひ、公式ドッジボールにご注目ください!!


日本ドッジボール協会
http://www.dodgeball.or.jp/

ドッジボールに熱狂する小学生を応援するパパ・ママのための応援サイト
http://www.dppmm.jp/






2012年02月02日

同じ感性を共有することって難しい...


同じ感性を共有することって難しい...

ビジネスでもプライベートでも、社会で生きていくためには他人との関係が全てであると言えるかもしれません。自己主張だけでも、妥協だけでもうまくいかない。つまりは、他人との関係をうまくコントロールしながら生きていたり、ビジネスをしているわけでもあります。

そんな中、やりたいことをどう実現するかということは、とても重要なことです。

ただ、他人との関係の中で実現していくために、他人に協力を仰いだり、協力したりしながら進めたい方向に、作り上げたいように作り上げていくのです。やはり、自分一人では、限界がありますから他人の力を借りなければならないことが多いのです。

そこで、コミュニケーションが必要になります。自分の意図、相手の意図、自分の意見、相手の意見、自分の状況、相手の状況... 様々な要素がぶつかり合い、重なり合い、反発し合うのですが、これを矯正していくのがコミュニケーションだと思います。

コミュニケーションと言っても、きちんと正確に伝えたからといって、理解されるとは限らず、そもそも伝わるとも限らず、誤差を発見するたびにコミュニケーションを重ねながら進めていく。根気が必要なことなんです。

言ってもわかず、行動で示してもわからず... でも、それは相手から見ても同じことかもしれず...

こんな根気のある進め方をしていると、少ないコミュニケーションで伝わる人とどんなにコミュニケーションを重ねても理解し合えない人が出てくる。そうなると、つい、コミュニケーション少なく進められる人とのつながりを大事にしたがるようになります。自然な流れでしょう。これが、言葉にすれば感性、価値観が共有できるということなのでしょう。

しかし、なかなか、感性を共有できる人っていうのは、なかなか存在しない、というか、見つけられない。

見つからないから、諦めるか... 見つからなくても、諦めずにコミュニケーションを重ねるか... まさに、根気が必要です。ビジネスのプロジェクトや職場の中で、感性が共有できる人がいるととても楽になります。進めやすいと言ったほうがいいかもしれません。余分なコミュニケーションを重ねる必要がなく、その分、建設的な思考に時間も意識も費やせます。

感性が共有できる人とつながりは、とても大事なことだと思うのです。そのためには、相手を理解しよう、相手の考えも聞いてみようという意識も必要。

自分よがりの完成を共有できる人なんていないですからね。

相手を考え、思い、意識することこそ、共有できる感性そのものなのかもしれません。

自分の殻を破って、相手のエリアに入り込めるか。そして、荒らすのではなく、相手の視点に立って考える。自分と相手の思考の融合から生まれたものが共有感性だと思うのです。自分のやり方だけを信じていては、それが正しくても共有されないかもしれない。

その上で、自分の意見、意図を伝えていく。感性が共有できて、初めて出来ることなのかもしれません。






2012年02月01日

つながり


つながり

つながり。傍から見ると単なる線のように見える。しかし、よーく目を凝らしてみれば、その線は矢印になっているはずである。

つながろうとする気持ち、行動、思惑が矢印となる。矢印のないつながりの線はない。点線、破線、薄い線は、あるだろうが...

つながりを線と考えている人が多い。つながろうとする気持ち、行動がないのだ。名刺交換すれば、つながりの線が出来たと誤解している。名刺交換は、つながるコネクタであって線ではない。

つながりたいのか、つながられたいのか。

攻めと受け。

受けばっかりのつながりでは、意味がない。

攻めのつながり。これこそが、矢印のつながりとなる。

あなたのつながり。矢印になっていますか? 矢印の向きは、正しいですか? 矢印が向けられていますか?








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