◇ 生意気盛り
一人っ子で大人の仲で育った所為か、息子が生意気な口をきく。
自由と放埓の区別も付かず、ましてや権利と義務のことも
わからないのに、自分は不遇である(勿論、子供の言葉で)と
言い続ける。
社会人になっても同じような言動をする者がいると、息子(小五)と
まったく同じに見えてしまう。
「自分は不遇だ、虐げられている」、と主張すると周囲の大人が
かわいそうな被害者をいつでも救済してくれるとでも思っている
のだろうか。
主体的になにもしないで、被害者意識だけあると、大人の社会では
見捨てられていくということを、いまさら話さないと判らないのだろうか、
と思う場面がしばしばある。
全ての努力が報われるわけではないが、努力しない限り現状を
打開できる確率は正確にゼロである。
子供が生意気なことを言うと、あれこれ諭した後に「大人になれ」
というのだが、年齢的に既に大人になっている者には何と言えば
よいのだろう。
吉永 操









