◇ 地震と人心
17日で阪神淡路大地震から15年になった。
直接の被災者ではない私にとって、もう15年も経過したのか
という思いだが、被災地の方々は殆どの方が身内や知人に
犠牲者を出して居られるので歳月の経過は決して記憶を
風化させることはないと思う。
あの時、朝のニュースを見ていて、最初は自分が何を見ている
のか判らなかった。
それが倒壊した高速道路や駅舎やビルであり、CGではなく
現実のものであって実際に多くの人が亡くなっている場所
であることがなかなか信じられなかった(この後、9.11で同様の
体験をした)。
正気に返ったとき、正直なところ、この災害が我が身に
起こらなかったことに安心し、それから自分に何が出来るのか
考えた。
多くの人が取るものも取り敢えず現場に駆けつけたり、
義捐金を募ったりしたが、結局、私はカンパに協力しただけで
なにもできなかった。
災害地に真っ先に駆けつけるべき総理大臣(当時)がなかなか
神戸に行かなかったことに毒づきながら自己嫌悪を押し殺している
自分を思い出す。
吉永 操









